2016年9月29日 (木)

吉川英治の恋

この9月は天候も悪くて、来館者が激減してしまいました。

と嘆きつつ、そう言えば、いま何を展示しているかのPRをろくにしていないことに、いまさら気が付きました。

この秋の開館期間(9月1日~11月30日)の常設展の特集は2本立て。

「吉川作品の中の女性たち」と「吉川英治の恋」です。

このうち「吉川英治の恋」は、量的にはミニ展示というところですが、今までにない展示なので、ちょっとプッシュしてみます。

吉川英治については、作品中に漂う道徳性や倫理性、しばしばマスメディアにも取り上げられたその生活ぶりなどから、厳格な良き父、良き夫というイメージがあるのではないでしょうか。
同時代の純文学者たちが、赤裸々な恋愛模様を作品に反映させたり、むしろ作品以上な愛憎劇を実生活で見せたりしていたことに比べると、吉川英治のイメージは、クリーンなものです。

しかし、吉川英治とて、恋を知らぬ野暮な男ではありません。

自叙伝「忘れ残りの記」に書かれた淡い初恋。

川柳家時代に知り合い、最初の結婚をした赤沢やすとの関係。

随筆で、自ら「人生の転機」として告白した“津の守芸者”の一郎こと菊池慶子との逃避行。

そして、吉川英治に作家としての充実をもたらした、池戸文子との再婚。

現在では、吉川英治が二度の結婚をしていることや、婚外の恋愛騒動があったことはあまり知られていません。
そんな吉川英治の恋愛について触れることで、人間的な一面ご紹介することができるのではないかと思います。

明日以降、上記の4つの恋愛の話題を順番に紹介していこうと思います。

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2016年9月28日 (水)

吉川英治事典

「吉川英治事典」(志村有弘編 勉誠出版 2016年8月15日)という本が出版されました。

吉川英治についての研究書は、しばらく出版されていません。
新装版などを除くと、タイトルに吉川英治の名を冠しているものは「吉川英治 ものがたりの時代」(中島誠 論創社 2004年5月31日)以来でしょうか。

見落としがあるかもしれませんが、10年は出ていません。

久しぶりなので、早速、購入してみました。

実は、この本の企画が進行していることは事前に知っていましたので、非常に期待していたのですが、案に相違して本文約300ページというコンパクトなものでした。

吉川英治は300ページに収まるような人物ではないと、思うのは、その関係者としてのひいき目でしょうか?

出版に勢いがない今のご時世、来年には没後55年となる作家の研究書に、500ページとか600ページとか、費やせないのも、仕方のない事ではありますが、事典と言うからには、そのくらいのボリュームを期待したのですが。

もう一つ、序文に吉川英治記念館への謝辞が述べられているのですが、いささか戸惑います。
正直に言えば、内容についてのご相談など正面切っての協力依頼はなく、個々の執筆者からの問い合わせに対して、回答を差し上げたにすぎないからです。

もちろん、吉川英治に関することだから吉川英治記念館が関与しなければならないという法はありません。
それよりも、吉川英治記念館が関わらない(つまり吉川家や私が関わらない)ことで、私には思いつかない異なる視点を与えてくれるかもしれないという期待もありました。

しかし、残念ながら、「これは!」というものは感じられませんでした。

それよりも、一度ゲラだけでも見せてくれたら、こんなイージーな間違いなんか、いくらでも指摘してあげたのに、という箇所が散見されて、とても残念な気分になりました。

まあ、一旦そういうことになったら、「一般項目篇」の項目の選び方がおかしいんじゃないかとか、つい口を出したくなっていたでしょうが。

いや、謝辞を述べておきながら、献本もないことに腹を立てているわけじゃないですよ(笑)

「作品篇」は、吉川英治の小説と随筆を200編ほど取り上げているので、非常に重宝します。
尾崎秀樹「吉川英治 人と文学」(新有堂 1980年7月15日)にも「作品解題五十選」という章がありますが、それよりも作品数が多いので、便利です。

それと主要参考文献目録は、これから吉川英治について調べようという人には、役に立つものだと思います。

そう、「事典」というと、ひとつの終着点のように思えてきますが、これはどちらかというと、これから吉川英治に向き合おうという人への入り口というべきものと感じました。

その意味では「吉川英治索引」という方がよりしっくりくるでしょう。

そんなことを感じました。


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2016年9月27日 (火)

博物館の建物

最近、あまり更新していないので、以前途中まで書いたものの、アップするタイミングを逃した文章をお蔵出ししてみます。

博物館業界の専門誌『博物館研究』の48巻 2号(2013年2月)の特集は「博物館の建物」でした。

特集には5つの論考が掲載されていますが、私が一番うなずいたのは大原一興氏(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授)の「博物館建築とユーザー参加のデザイン」でした。
この論考では現場の学芸員が博物館の建築について抱く不満を広く汲み上げています。

そうした不満の根源は、つまるところ、学芸員と建築家では博物館に対する認識が食い違っているということなのでしょう。

学芸員の立場からすると、博物館における重要性は

収蔵庫(および作業・研究スペース)>展示空間>付帯施設(ショップやカフェ、集会室、講義室など)>外観(デザインコンセプト)

ということになります。
所蔵する資料を、未来に向けて保存管理するのが、やはり最重要事項なのです。

しかし、建築家にとっては

外観>展示空間>付帯施設>収蔵庫

となってしまっているのではないか、ということです。

学芸員にとっては実用性こそが最重要なのですが、建築家にとっては“作品”としてのコンセプトこそが重要なのでしょう。

それが高じると、「ここの壁には何も掲示してはいけない」とか「このスペースには展示をしてはいけない」「ここにはこのように展示すべきだ」というような形で、本来は学芸員が必要に応じて決めるはずの“中身”に対して、建築家が介入してくる、制限を加える、という事態に陥ります。

聞いた話では、ある著名な建築家は、学芸員がその建築家の介入に異を唱えると、その博物館の設置自治体の長に直談判して、上意下達で自分の意思を通すのだとか。

公立の博物館においては、それを設置する行政側が、博物館を都市計画におけるランドマークにしたいという願望を持っており、それが、自分が設計した建物を“作品”化したい建築家の願望と親和性が高いという側面があるので、そうしたことが可能なのでしょう。

とは言え、建築家側の願望と学芸員側の願望は、必ずしも相容れないものではないはずです。

それがうまくかみ合わないのは、上記の大原氏の文中にある

設計者は自らの経験としての、エンドユーザーたる来館者としての視点に頼りきって、博物館ユーザーとして毎日従事する学芸員はじめ博物館スタッフの視点を勉強していないことが、不満を生み出しつづけているのである。

ということに尽きるでしょう。

「博物館のことぐらい、私はよくわかっている」という思い込みが、建築家から学芸員の意見に耳を傾ける謙虚さを奪ってしまう、というわけです。

私は不勉強でよく知りませんでしたが、大原氏の論考によると1960年代から、建築学においては「使われ方研究」というものがあり、学芸員側の不満を抽出する努力はなされているようです。
それが未だに実を結ばず、いまさらこうした論考が書かれるという状況というのは、何に原因があるのか。

不思議なことです。

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2016年9月26日 (月)

ロケ

先月、その頃話題だった映画『シン・ゴジラ』を観ました。

映画そのものに対しては、よく出来てるけど、怪獣映画ではないよね、というのが感想ですが、それはともかく。

私はエンドロールを最後まで見るタイプなので、文字だけになったスクリーンを見るともなく見ていたら、「青梅ロケーションサービス」と言う文字が目に入ってきました。

いま観た映画に青梅の景色があったのかと、後刻検索してみたところ、どうやら、都心部が破壊されて、立川に移動してきた対策本部の内部として、青梅市内から撤退してしまった明星大学の元校舎が使用されたようです。

近年は、<聖地巡礼>(無意味に大仰な言い回しがオタクっぽい)の経済効果がバカに出来ないということで、地域活性化のひとつの手段として、多くの自治体がロケの勧誘を行っていますが、青梅ロケーションサービスもそのひとつです。

当館も、ロケ地の紹介を受けた制作会社から、何度か問い合わせを受けました。
ただ、タイミングや条件が合わず、ほとんど実現していません。

例えば、休館期間中に庭も含めて撮影したいという依頼がありました。
しかし、休館期間中は庭の手入れを最小限にしているため、撮影したいと指定された日までに、雑草の除去が間に合うような状況ではなかったため、お断りしたことがあります。
雑草だらけの汚い庭を映像に残したくはありませんし、先方の意図からしても、手入れの整った庭である必要がありましたから。

そんな中、1度だけ、実際にロケを行ったことがあります。
しかし、その後音沙汰なし。
どうやら、お蔵入りしたようです。

某グラビアアイドルが主演の映画という話だったのですが。

まあ、映画以前に、このグラビアアイドルがブレイクしているとは言えない状況なのですが。

色々残念です。

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2016年9月25日 (日)

展示処青ジャム

ただ今、青梅アートジャム2016が開催されています。

ずっと会場を提供してきましたが、今年は要望がなかったので、当館では展示は行っていません。

ただ、色々と気になるので、昨日、その一部を見学に行きました。

今回は青梅市立美術館と御岳山の山上で展示が行われています。

御岳山では作品の野外展示も行われているのですが、向かった先は展望台。

そこに「展示処青ジャム」として、当館でも展示を行ったことのある若手の作家=山口幹也・長倉陽一・鈴木ひろみ・池田菜摘・阿部静=の作品が展示されています。

若い人たちの今後を見守りたいとか思うのは、年を取ったからでしょうか(笑)

個人的には鈴木ひろみさんの版画が気に入っているのですが、今回の展示では阿部静さんの作品が印象深く感じました。
作品集の小冊子まで作ってあって、面白く感じました。

会期中の土日祝日しか開いておらず、しかも天候によっては閉めてしまうという、いささか残念な状況ですが、石彫作家の制作した石臼でお茶・コーヒーを挽いて、陶芸作家の作品で飲む、というお楽しみもありますので、ご興味のある方は、上のリンク先を参照して、ぜひ訪ねてみてください。

ちょっと、行くのが大変ですけどね(笑)

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2016年9月16日 (金)

「赤川次郎さんを囲むひととき」参加者募集中

本年度吉川英治文学賞受賞者、赤川次郎さんをお招きしてのイベント「赤川次郎さんを囲むひととき」を開催します。

毎年、吉川英治旧宅の座敷で、息遣いを感じられる身近な距離から、作家の生の声を聞くことができる「吉川英治賞受賞作家を囲むひととき」ですが、今年は「東京零年」で本年度吉川英治文学賞を受賞された赤川次郎さんをお招きします。

赤川次郎さんは平成27年現在で、580冊以上の著作を発表し、その累計発行部数が3億3000部を超えるという現代日本を代表する人気作家です。
「三毛猫ホームズ」や「三姉妹探偵団」などの人気シリーズのほか、「セーラー服と機関銃」などの作品があります。多くの作品が映像化され、人々の記憶にも残っています。

個人的には、「三姉妹探偵団」をベースに、グリコがCM展開していた「ポッキー四姉妹物語」がすごく懐かしい。
ちなみに、その出演者だった中江有里さんが、当館の企画「旧吉川邸を隅から隅まで見てみよう」に、何の前触れもなくご参加くださって、姿を見た瞬間に固まってしまいました(笑)

閑話休題。

赤川さんはその業績に反し、文学賞には恵まれず、伝統のある大きな賞の受賞は、今回の吉川英治文学賞が初めてと言っても過言ではありません。

そんな赤川さんをお招きしてのイベントです。

開催は10月22日(土)14時から。

応募方法など、詳しくはこちらをご覧ください。

ご応募をお待ちしています。

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2016年9月 1日 (木)

秋の開館期間

本日から、と言っても本日はすでに閉館しましたが、秋の開館期間となりました。

9月1日(木)~11月30日(水)が秋の開館期間となります。

よろしくお願いいたします。

ちなみに、当館にポケモンがいるという話を昨日聞いたのですが、それが本当なら、休館中の当館でどうやってポケモンを見つけたのか、ちょっと詰問してやりたい(笑)

幸か不幸か、ブームに乗った人たちはもう飽きて撤退しているようなので、ポケモンがいたからって騒ぎにはならないでしょうが、ほどほどにしていただけると助かります。

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2016年8月31日 (水)

夏季休館のお知らせ

吉川英治記念館は、下記の期間、休館といたします。

2016年6月1日(水)~8月31日(水)

2016年9月1日(木)から通常通り開館いたします。

休館期間中も職員は出勤しておりますが、電話に出られない場合がありますので、その場合は、吉川英治記念館サイトのメールフォームをご利用ください。

ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

なお、休館期間中、常にこのページがトップに来るよう、8月31日の日付になっております。
ご注意ください。

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2016年8月17日 (水)

読者からの手紙とSNS

先日、吉川家から、片付けをしていたら大量に吉川英治(および吉川文子)あての書簡が出てきたので、そちらに送りますという連絡がありました。
大量と言っても大したことはあるまいと高をくくっていたら、段ボール箱3箱分の書簡が届きました。

とても短期間で整理できる量ではないので、後日精査する際の優先順位をつけるために、とりあえず差出人を、作家など著名人、編集者や親戚といった関係者、出版社や団体、一般読者といった感じで分けてみました。

時期的には昭和27~34年頃のもので、吉川英治没後の昭和40年代初めのもの(こちらは文子夫人宛)も多くあります。
最も多いのは一般読者からのもので、次いで関係者という感じ。
著名人のものも少なからず含まれていました。

この頃ペアを組んでいた画家の杉本健吉。
若いころ交流のあった川柳家の白石朝太郎・花又花酔・岸本水府。
意外な感じのする草野心平。

杉本苑子が弟子入りを志願する書簡が出てきたのは、ガッツポーズもの。
司馬遼太郎の巻紙の書簡と言うのは、珍しいんじゃないでしょうか。

当面の仕事をこなしたら、精査するのが、楽しみです。

ところで、著名人以外は関係者か一般読者かわからない人も多いので、中身を斜め読みしてみましたが、それはそれで興味深いものがありました。

この時期連載していた「新・平家物語」「私本太平記」の感想を述べるのは序の口。
というよりそれだけのものは、意外と数は少ない。
作中の間違いを指摘するもの、郷土史を研究している人や、自分の先祖が平家物語や太平記の時代に関係があるという人からの資料提供といったものが多い。

生活が困窮しているので、所蔵する骨董品や資料を売りたい、という申し出は、曲がりなりにも担保があるだけましな方で、留学費用を貸してくれなどという図々しいものも。

昔からの愛読者で、作品を人生の指針としてきたので、ぜひ色紙に何か揮毫して欲しい、というような申し込みが多数ありました。
驚くのが、実際に色紙を送られた人からの礼状があること。
つまり、申し込みのすべてに対応したのかはわかりませんが、ちゃんと送っていたんですね。

こういうものが人気作家のもとに殺到するということは、当時は作家の周りの人には自明のことだったでしょうが、一般の人の目には触れることはなかったはずです。
今は、それがSNSによって可視化・顕在化しているだけで、著名人にもの申したい人、好きだから自分の存在を知らしめたい人は半世紀以上前から沢山いたんだな、という感想を抱きます。

ちなみに、当時は個人情報の管理が緩くて、一般読者でもすぐに作家の住所を調べられたという側面がありますが、吉川英治くらいになると、そんなものは不要です。

港区青山墓地附近

という宛名で、ちゃんと届きます(笑)

去年の12月に青山墓地周辺で文学散歩をやりましたが、そこそこ離れてるんですけどねぇ。


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2016年7月26日 (火)

GO

ポケモンGOが人気ですね。

しかし、あれは、どういうシステムでポケモンを出現させているのでしょうか。

ポケモンGOの日本での配信が始まってから、昨日、初めて都心に出かけたのですが、気になる場面がありました。

交差点でポケモンをゲットしようとしている人がいたので、肩越しに覗いてみたら、横断歩道上にポケモンが飛んでいました。
その時、信号は赤。
夢中になった子供が、そこに飛び出したら、どうなるのでしょうか。

渋谷の円山町と言えばラブホテル街で有名ですが、そこのラブホ前でゲットしてる人もいました。
ラブホからどんなポケモンが出て来たんでしょうねぇ(笑)
エンコーとか、フリンとか、コンド(自粛)

ポケモンは画面上のバーチャルな存在ですが、実際にその場所へ人が行くわけですから、それは現実世界の出来事です。
その場所の管理者や所有者に許可なく、ポケモンを発生させていいのでしょうか。
逆に、その場所のポケモンをゲットしたければ、金を払えとその場所の管理者が主張したら、どうするつもりなのでしょう?

出雲大社などが、ポケモンGO禁止を宣言していますが、そもそも運営会社が先に許可を取るなどして、出現する場所をある程度決めておくべきなのではないのでしょうか?

道路上には出現させないとか、一般に公開されていない私有地には出現させないとか、原則は必要だと思うのですが。

ストリートビューも、許可なく公開して、映し出されるのがイヤならそう言え、というスタンスですが、まだ、公益性があるから許せます。
ポケモンGOはただのゲームですからね。

私はガラケーユーザーなので、記念館にポケモンが発生するのかどうか、確認できずにいます。

今は休館中ですが、9月に開館した時、どうなるのか。
これから1ヶ月余りで、事態がどう推移するのか、注目しています。

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