2017年3月23日 (木)

開館40周年記念「俳句」「書」入賞者発表

先日告知をした「吉川英治記念館開館40周年企画」ですが、様々な方に俳句と書をご応募いただきました。

ありがとうございました。

審査の結果、以下の方々が入賞と決定いたしました。


☆俳句
◎大人の部

金 賞 「落人のごと生きのびて藪の梅」   荒井千枝(青梅市大柳町)


銀 賞 「梅の庭和服姿の師を偲ぶ」     宇島キミ子(青梅市梅郷)


銅 賞 「植樹せし梅に染み入る祭り笛」   須田敏子(青梅市今寺)


佳 作 「白梅や英治旧居の縁の艶」     市川賢(青梅市柚木町)
     「夕映えに紅さし初めし小梅かな」  大森敦夫(三鷹市)

◎子供の部

金 賞 「青空へのびる一枝梅の花」     澤村汐音(青梅五小)


銀 賞 「いつの日かピンクの海よもう一度」 小林美黎(青梅五小)


銅 賞 「咲かせよう僕らの未来梅の花」   並木緩那(青梅五小)


佳 作 「もういちどさかせてみせる梅の花」 新井里梨(青梅五小)
     「満開にぼくらが育てる七十年」   中村駿仁(青梅五小)

☆書
◎大人の部

金 賞 玉川隆全(青梅市仲町)

銀 賞 伊予絢子(青梅市仲町)

銅 賞 栗原京子(青梅市仲町)

佳 作 内田智真子(青梅市仲町)
     小塚和(あきる野市)

◎子供の部
・中学校

金 賞 鈴木里歩(青梅西中)

銀 賞 高橋茉央(青梅西中)

銅 賞 安藤奈央(青梅西中)

佳 作 田村結菜(青梅西中)
    中川彩里(青梅西中)

・小学校

金 賞 酒井涼帆(青梅五小)

銀 賞 坂上ひかり(青梅五小)

銅 賞 平野愛菜(青梅五小)

佳 作 澤入麗海(青梅五小)
    佐々木愛瑠(青梅五小)

入賞した皆さん、おめでとうございます。

入賞した作品は、本日から5月31日(水)まで、吉川英治記念館展示室ロビーに展示しています。


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2017年3月11日 (土)

あの日、あの時

あの日のことを思い出してみる。

「地震の後」

深刻な被害などなかった場所で、あの日どうしていたかなど、いまさら誰も伝えないし、振り返りもしない。
その意味ではこんな文章でも書いておいてよかったと思う。

しかし、あの日、いま思えば結構な数の来館者がいた。
その後梅が全伐採され、客足も遠のいた。

まだたった6年しか経っていないのに、様々な意味で、遠い昔のようだ。

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2017年3月 3日 (金)

2017年春の開館期間が始まりました

3日になってしまいましたが(笑)

2017年の春の開館期間は3月1日(水)~5月31日(水)です。

常設展のテーマは2つ。

『梅と吉川英治』

梅郷・和田町地区への梅の再植樹が認められたことを記念し、吉川英治が詠んだ梅の詩歌や作品の中に登場する梅を取り上げてご紹介します。

『吉川英治記念館開館40年をふりかえって』

今年3月23日で開館から満40年を迎えることを記念して、吉川英治記念館の過去40年をふりかえってみます。

先日もご紹介しましたが、この40周年にちなんで、「俳句」と「書」を募集しています。

詳しくはこちらをご覧ください。

また、展示室奥の多目的室を吉川英治賞記念室兼閲覧室としました。
吉川英治全集や過去の吉川英治賞受賞作品(予備のある本に限りますが)を閲覧できます。

ご興味のある方は、ぜひご来館ください。

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2017年2月28日 (火)

冬季休館のお知らせ

吉川英治記念館は、下記の期間、休館といたします。

2016年12月1日(木)~2017年2月28日(火)

2017年3月1日(水)から通常通り開館いたします。

休館期間中も職員は出勤しておりますが、電話に出られない場合がありますので、その場合は、吉川英治記念館サイトのメールフォームをご利用ください。

ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

なお、休館期間中、常にこのページがトップに来るよう、2月28日の日付になっております。
ご注意ください。

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2017年2月27日 (月)

熊本の又八、岡山の又八

熊本県がこんなPR動画を制作したそうです。

「くまもと移住前夜・宮本武蔵」

いきなり登場しますが、本位田又八は吉川英治が創作した人物ですからね(笑)

もう著作権は切れていますが、実在しないことだけはご承知おき下さい。

ちなみに、まだ著作権が切れていなかった頃に、当時の岡山県大原町(現美作市)が、町内を通る智頭急行の駅名を「宮本武蔵」駅にして、駅前に少年時代のたけぞう・お通・又八の銅像を設置したことがありました。
そこで、たけぞうはともかく、お通と又八は吉川英治の創作した人物なので、勝手に作っては困りますという連絡をしたことがあります。

この時は事後承諾することになった上、それがきっかけで武蔵資料館で吉川英治展を開催することにもなりました。

縁は異なものです。

しかし、作品の発表から80年以上経っているのに、武蔵には又八をセットにしないと気が済まない人がいるということは、それだけの影響力が吉川「武蔵」にはあったということです。
すごい。

昨年末、九州新幹線の車内から熊本を景色を眺めましたが、まだ屋根をブルシートで覆った家が散見されました。

動画の最後にもありましたが、復興を祈っています。

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2017年2月 2日 (木)

吉川英治記念館開館40周年企画

吉川英治記念館は、今年の3月23日で開館から40年を迎えます。

また、昨年11月、プラムポックスウィルスのため伐採された吉野梅郷での梅の再植樹が許可されました。

それらを記念して、地元NPO法人の主催により、「書」と「俳句」の募集を行います。

「書」は、吉川英治にちなみ、吉川英治が愛した言葉『我以外皆我師』もしくは『道』

「俳句」は、梅郷の再生を祈って、梅にちなんだもの

これを募集します。

詳細はこちらをご覧ください。

ご応募をお待ちしています。

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2017年1月27日 (金)

第8回草思堂落語会参加者募集

サイトそのものを更新する予定でしたが、ちょっと遅れているので、まずはこちらで告知します。

昨年一回お休みした草思堂落語会を、今年も開催いたします。

前回までは、吉川英治が若い頃、吉川英治以外のペンネームで書いた「新作落語」を、実際に噺家さんに演じてもらうというコンセプトでやってまいりました。しかし、吉川英治が遺した「新作落語」は、これまでにひと通り演じていただきましたので、今回は「新作落語」を離れて、古典落語のみで構成することにいたしました。

演者は、今回も吉川英治の遠縁にあたる柳家禽太夫さんです。

演目は、『味噌蔵』と『船徳』。

草思堂落語会は元々、吉川文子夫人の命日である4月23日にちなんで始めたもので、毎回4月に行っています。そのため、「新作落語」に合わせる噺も春の噺ばかりでした。
そこで今回は、あえて冬の噺と夏の噺をやってみる、という趣向です。

禽太夫さんの二席のほかに、若手(未定)の一席を合わせて、合計三席の落語会となります。

参加ご希望の方は、以下の要項に沿って、ご応募ください。

〔 応 募 要 項 〕

○日時:2017年4月22日(土) 14時~16時

○定員:50人

○料金:2000円(入館料を含みます ので、吉川英治記念館の展示もご覧いただけます)

○参加受付:4月8日まで

○応募
・ハガキ:吉川英治記念館まで(〒198-0064 東京都青梅市柚木町1-101-1)

・FAX:0428-76-1936

・メール:oubo-rakugo@mbn.nifty.com

上のいずれかまで、「草思堂落語会参加希望」をタイトルに、参加希望者の住所・氏名を明記の上、お申し込み下さい。なお、希望者多数の場合は、抽選とさせていただきます。
入場整理券を兼ねたハガキを4月12日頃にお送りしますので、当選発表はその発送をもって代えさせていただきます。定員に達しない時は継続して受け付けますので、お問い合わせください。

○問合せ
吉川英治記念館
電話:0428-76-1575

〔柳家禽太夫プロフィール〕
昭和三九年、神奈川県厚木市生まれ。本名・鈴木徳久。昭和五八年、十代目柳家小三治に入門。同年、前座名「小のり」で初高座。六二年、二つ目昇進。平成一三年、師匠・小三治の命名による初代「禽太夫(きんだゆう)」で真打に昇進。「禽」の字は、明治時代に活躍した二代目柳家小さんの愛称「禽語楼」(小鳥が禽えずるように語ることから)にちなむもの。平成一四年、第七回「林家彦六賞」受賞。

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2017年1月14日 (土)

Samurai Movies

あけましておめでとうございます。
というのも、もう時季外れですが。

ちょっとYou Tubeを見ていたら、こんな動画を見つけました。

https://www.youtube.com/watch?v=_5OeN123S2k

“Top 10 Samurai Movies”だそうです。

5位に、“Samurai Trilogy”として、「宮本武蔵」三部作が入っています。

昭和29年から31年にかけて、監督・稲垣浩、主演・三船敏郎で映画化されたもの。
「宮本武蔵」、「続宮本武蔵 一乗寺の決闘」、「決闘巌流島」の三部作です。
制作は東宝。
小次郎が鶴田浩二で、お通は八千草薫でした。

英語のナレーションの中でも、第1作がアカデミー外国語映画賞を受賞したことが出てきます。

ちなみに、日本語のタイトルで順位を並べると、

1位=「七人の侍」
2位=「用心棒」
3位=「切腹」
4位=「侍」
5位=「宮本武蔵」三部作
6位=「十三人の刺客」(2010年)
7位=「上意討ち 拝領妻始末」
8位=「蜘蛛巣城」
9位=「たそがれ清兵衛」
10位=「子連れ狼 死に風に向かう乳母車」

「宮本武蔵」が三部作で出て来るなら、「子連れ狼」もシリーズにすればいいのにと思いますが、海外では全部は公開されていないのかもしれません。

日本人が評価すると、かなり異なるのでしょうか。
ちょっと興味深いところです。

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2016年12月17日 (土)

墨田電話局慰霊碑

去る12月3日に文学散歩を行いました。

その立寄り先の一つが墨田電話局慰霊碑だったのですが、これについて調べ直しているうちに、自分がとんだ勘違いをしていたことに気が付きました。

どう勘違いしていたかは、まずこちらをお読みください。

その上で、改めて、この慰霊碑について書いてみます。

昭和20年(1945)3月10日未明、深川・本所・日本橋・浅草地区を中心に東京都心部の広範囲に対して空襲が行われました。
世界の空襲の中でも突出した死亡者数を数えた東京大空襲です。
その際に、墨田電話局も被災し全焼しましたが、職員はぎりぎりのところまで職場にとどまったため、男性職員3名、女性交換手28名が死亡しました。
交換手たちは、最後までブレストとよばれる受話器を身に着けたまま亡くなったと言われています。

同電話局では、大正12年(1923)の関東大震災の際にも、男性職員2名が犠牲となっていたため、この両者の慰霊と、悲劇の二度と起こらないことを祈願するため、墨田電話局の復興開局に合わせ、慰霊碑を建立することになりました。

吉川英治は、この東京大空襲で最初の妻・赤沢やすとの結婚時代に引き取った養女・園子を失っています。
女子挺身隊として動員されていた園子は、やすと共に都心に残っていました。
最後に確認されたのは、当時住んでいた浅草の自宅で、外出していたやすの帰宅を待つ姿でした。
そのまま園子は行方不明となり、ついにその消息は分かりませんでした。

吉川英治は、園子行方不明の連絡を受け、当時住んでいた吉野村(現吉川英治記念館)から連日上京して、園子の消息を訪ね歩きました。

その時のことを、梶井剛元電電公社総裁との対談(『電信電話』昭和32年6月号)で触れています。
園子を探し歩いてくたくたになった後、親交のあった秋山徳三の家に立ち寄ったところ、そこに来合わせた人物から墨田電話局の悲劇を聞かされたと言います。
そして、こう語っています。

それをききましてぼくは、ああ、そんなにまで純真なおとめたちがあったのに、ぼくの養女一人がみえなくなったからっていって、そう途方にくれたように幾日も探し歩いてもしようがない、たくさん、日本のいい娘たちが、そうして亡くなったんだから……と思って、ぼくもそこですっかりあきらめて、ついにその晩雪のなかを奥多摩へ帰ったことがありました。その話を、ぼくはいつまでも忘れかねるんですね。

吉川英治は、この対談が縁となって、昭和33年(1958)3月10日に行われた慰霊碑の除幕式に招かれます。

当時の吉川英治の秘書の日誌によると除幕式の3日後、電電公社の職員が来訪し、慰霊碑のそばに設置する由緒を記した碑文の撰文と揮毫を依頼します。
この日誌からは、依頼を受けた吉川英治が、半月以上の時間をかけて、何度も書き直して碑文を完成させたことが窺えます。

それが、以下の碑文です。

春秋の歩み文化の進展は その早さその恩恵に馴るゝ侭
つい吾人をして 過去の尊いものをも忘れしむる
こゝ百尺の浄地ハ 大正十二年九月一日関東大震災
殉職者二名と また過ぐる昭和二十年三月九日夜半
における大戦の大空襲下に 国を愛する清純と自
らの使命の為 ブレストも身に離たず 劫火のうち
に相擁して仆れた主事以下の男職員三名 ならびに
女子交換手二十八名が その崇高な殉職の死を 永遠と
なした跡である
当時の墨田分局 いま復興を一新して その竣工の慶を
茲に見るの日 想いをまた春草の下に垂れて かっての
可憐なる処女らや ほか諸霊にたいし 痛惜の
悼みを新にそゝがずにいられない
人々よ 日常機縁の間に ふとここに佇む折もあ
らば また何とぞ 一顧の歴史と 寸時の祈念
とを惜しませ給うな        吉川英治 謹選

ちなみに、リンク先のものは碑文の下書き。
完成したものとは骨格は同じながら、かなり異なることがわかります。
何度も書き直した跡がうかがえます。

それだけ、この碑文には思いがこもっているということでしょう。


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2016年11月18日 (金)

ライトアップ

先日告知した紅葉ライトアップ

11月12日に行った草思堂庭園内のライトアップは、おかげさまで好評でした。

今回は基本的にNPO法人青梅吉野梅郷梅の里未来プロジェクトによる企画が東京都の支援事業に採択された結果、実施したものですが、吉川英治記念館の自主企画として継続することも視野に入れて考えたいと思うほどです。

なお、ライトアップは、庭園内については11月12日のみですが、吉野街道から見える大きな楓と母屋のライトアップは、11月27日まで引き続き行います。

今はこんな感じです。

Lightup161117_1_2

この木は大きいため、木の上の方から先に紅葉して、だんだん散って行ってしまうので、後半はちょっと寂しくなってしまうかもしれません。

もし興味がおありなら、お早めに。

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