2017年2月28日 (火)

冬季休館のお知らせ

吉川英治記念館は、下記の期間、休館といたします。

2016年12月1日(木)~2017年2月28日(火)

2017年3月1日(水)から通常通り開館いたします。

休館期間中も職員は出勤しておりますが、電話に出られない場合がありますので、その場合は、吉川英治記念館サイトのメールフォームをご利用ください。

ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

なお、休館期間中、常にこのページがトップに来るよう、2月28日の日付になっております。
ご注意ください。

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2017年1月14日 (土)

Samurai Movies

あけましておめでとうございます。
というのも、もう時季外れですが。

ちょっとYou Tubeを見ていたら、こんな動画を見つけました。

https://www.youtube.com/watch?v=_5OeN123S2k

“Top 10 Samurai Movies”だそうです。

5位に、“Samurai Trilogy”として、「宮本武蔵」三部作が入っています。

昭和29年から31年にかけて、監督・稲垣浩、主演・三船敏郎で映画化されたもの。
「宮本武蔵」、「続宮本武蔵 一乗寺の決闘」、「決闘巌流島」の三部作です。
制作は東宝。
小次郎が鶴田浩二で、お通は八千草薫でした。

英語のナレーションの中でも、第1作がアカデミー外国語映画賞を受賞したことが出てきます。

ちなみに、日本語のタイトルで順位を並べると、

1位=「七人の侍」
2位=「用心棒」
3位=「切腹」
4位=「侍」
5位=「宮本武蔵」三部作
6位=「十三人の刺客」(2010年)
7位=「上意討ち 拝領妻始末」
8位=「蜘蛛巣城」
9位=「たそがれ清兵衛」
10位=「子連れ狼 死に風に向かう乳母車」

「宮本武蔵」が三部作で出て来るなら、「子連れ狼」もシリーズにすればいいのにと思いますが、海外では全部は公開されていないのかもしれません。

日本人が評価すると、かなり異なるのでしょうか。
ちょっと興味深いところです。

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2016年12月17日 (土)

墨田電話局慰霊碑

去る12月3日に文学散歩を行いました。

その立寄り先の一つが墨田電話局慰霊碑だったのですが、これについて調べ直しているうちに、自分がとんだ勘違いをしていたことに気が付きました。

どう勘違いしていたかは、まずこちらをお読みください。

その上で、改めて、この慰霊碑について書いてみます。

昭和20年(1945)3月10日未明、深川・本所・日本橋・浅草地区を中心に東京都心部の広範囲に対して空襲が行われました。
世界の空襲の中でも突出した死亡者数を数えた東京大空襲です。
その際に、墨田電話局も被災し全焼しましたが、職員はぎりぎりのところまで職場にとどまったため、男性職員3名、女性交換手28名が死亡しました。
交換手たちは、最後までブレストとよばれる受話器を身に着けたまま亡くなったと言われています。

同電話局では、大正12年(1923)の関東大震災の際にも、男性職員2名が犠牲となっていたため、この両者の慰霊と、悲劇の二度と起こらないことを祈願するため、墨田電話局の復興開局に合わせ、慰霊碑を建立することになりました。

吉川英治は、この東京大空襲で最初の妻・赤沢やすとの結婚時代に引き取った養女・園子を失っています。
女子挺身隊として動員されていた園子は、やすと共に都心に残っていました。
最後に確認されたのは、当時住んでいた浅草の自宅で、外出していたやすの帰宅を待つ姿でした。
そのまま園子は行方不明となり、ついにその消息は分かりませんでした。

吉川英治は、園子行方不明の連絡を受け、当時住んでいた吉野村(現吉川英治記念館)から連日上京して、園子の消息を訪ね歩きました。

その時のことを、梶井剛元電電公社総裁との対談(『電信電話』昭和32年6月号)で触れています。
園子を探し歩いてくたくたになった後、親交のあった秋山徳三の家に立ち寄ったところ、そこに来合わせた人物から墨田電話局の悲劇を聞かされたと言います。
そして、こう語っています。

それをききましてぼくは、ああ、そんなにまで純真なおとめたちがあったのに、ぼくの養女一人がみえなくなったからっていって、そう途方にくれたように幾日も探し歩いてもしようがない、たくさん、日本のいい娘たちが、そうして亡くなったんだから……と思って、ぼくもそこですっかりあきらめて、ついにその晩雪のなかを奥多摩へ帰ったことがありました。その話を、ぼくはいつまでも忘れかねるんですね。

吉川英治は、この対談が縁となって、昭和33年(1958)3月10日に行われた慰霊碑の除幕式に招かれます。

当時の吉川英治の秘書の日誌によると除幕式の3日後、電電公社の職員が来訪し、慰霊碑のそばに設置する由緒を記した碑文の撰文と揮毫を依頼します。
この日誌からは、依頼を受けた吉川英治が、半月以上の時間をかけて、何度も書き直して碑文を完成させたことが窺えます。

それが、以下の碑文です。

春秋の歩み文化の進展は その早さその恩恵に馴るゝ侭
つい吾人をして 過去の尊いものをも忘れしむる
こゝ百尺の浄地ハ 大正十二年九月一日関東大震災
殉職者二名と また過ぐる昭和二十年三月九日夜半
における大戦の大空襲下に 国を愛する清純と自
らの使命の為 ブレストも身に離たず 劫火のうち
に相擁して仆れた主事以下の男職員三名 ならびに
女子交換手二十八名が その崇高な殉職の死を 永遠と
なした跡である
当時の墨田分局 いま復興を一新して その竣工の慶を
茲に見るの日 想いをまた春草の下に垂れて かっての
可憐なる処女らや ほか諸霊にたいし 痛惜の
悼みを新にそゝがずにいられない
人々よ 日常機縁の間に ふとここに佇む折もあ
らば また何とぞ 一顧の歴史と 寸時の祈念
とを惜しませ給うな        吉川英治 謹選

ちなみに、リンク先のものは碑文の下書き。
完成したものとは骨格は同じながら、かなり異なることがわかります。
何度も書き直した跡がうかがえます。

それだけ、この碑文には思いがこもっているということでしょう。


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2016年11月18日 (金)

ライトアップ

先日告知した紅葉ライトアップ

11月12日に行った草思堂庭園内のライトアップは、おかげさまで好評でした。

今回は基本的にNPO法人青梅吉野梅郷梅の里未来プロジェクトによる企画が東京都の支援事業に採択された結果、実施したものですが、吉川英治記念館の自主企画として継続することも視野に入れて考えたいと思うほどです。

なお、ライトアップは、庭園内については11月12日のみですが、吉野街道から見える大きな楓と母屋のライトアップは、11月27日まで引き続き行います。

今はこんな感じです。

Lightup161117_1_2

この木は大きいため、木の上の方から先に紅葉して、だんだん散って行ってしまうので、後半はちょっと寂しくなってしまうかもしれません。

もし興味がおありなら、お早めに。

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2016年11月 9日 (水)

お電話へのお答え

先程、このブログについてお電話をいただきました。

珍しいこともあるものだと思ったのですが、その内容は、先日書いた「文アル」という記事が、「文アル」を貶めていて不快だ、というものでした。

意表を突かれて、対応がつっけんどんになったかもしれないと思い、考えていることをちょっと書いてみます。

上記リンク先の文章が、「文アル」を軽く揶揄していることは否定しません。
しかし、だからダメだとは一言も言っていません。

通常“です・ます調”で書いている文章の中に、「誰だよ、こいつ(笑)」などという砕けた表現を入れたのを、馬鹿にしていると感じたのかもしれません。

しかし、そもそも、その前に書いた「文スト」という記事を読んでもらえば、実在の作家をキャラクター化することに、私が否定的ではないことはわかるはずです。

私は、吉川英治の親族ではありませんし、吉川英治の没後に生まれていますので、実際の吉川英治に会ったことはありませんが、吉川英治記念館の学芸員として、多少は吉川英治の実像を知っているつもりです。

現実の吉川英治は、20歳の徴兵検査で丙種と判定されてしまうような小柄な男性で、作品の性質から武道をたしなんでいるようなイメージがありますが、実際にはほとんど武道の経験はありません。
しかし、それでいて激情家で、声を荒げて人を一喝するような側面もありました。
そうかと思えば、最初の妻との結婚生活では、妻の癇癪から逃げ回る恐妻家として知られていました。
また、二度目の妻との間にできた長男・次男・長女には厳父として接していながら、晩年になって生まれた次女に対しては、周りがあきれるほど甘やかしたという話も残っています。

そういう実際の姿と、ゲームキャラクターとしてのイメージの間の乖離を笑ったまでのこと。

それを「貶めている」と言われても、「そんな大袈裟なことですか?」としか言いようがありません。

逆に、「文アル」をやらない人の中には、実像からかけ離れたキャラクター設定を、その作家に対する冒涜と感じ、不快に思う人もいるはずです。

そして、私は、別に不快には思わないけれども、笑えるという評価をくだしたまでのことです。

そこは人間の多様性というものでしょう。
ひとつのことに対して、全ての人が同じ評価を下すようなことはあり得ないし、そんな世の中はむしろ最悪です。

あらゆる物事に対して、批判はあって当然です。

その意味では、私の記事に対する批判だってあって当然なわけで、その意味では、今回のお電話も、至極当たり前なことと言えるでしょう。
できれば、ブログのことは、ブログのコメント欄への書き込みにしてもらえると助かるのに、とは思いましたが。

とは言え、ちょっとナイーブ過ぎないでしょうか?
「私はこれが好き!」という信念があれば、人の評価は関係ないと思うのですが。

それに、私が、このブログで「文アル」を笑ったからって、それで「文アル」の評価が変わったり、売り上げが落ちたりはしないと思いますしね。

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2016年11月 3日 (木)

梅の写真展

ところで、例年会場を提供してきた青梅アートジャムですが、今回は要望がなかったので、会場とはなっていません。

青梅アートジャムの今回のテーマは「梅に捧げる」というものです。
9月17日から11月13日までという長い会期の中で、青梅市立美術館でのメイン展示と並行して、青梅市立美術館市民ギャラリーを使って、10日間程度の企画も行うという構成になっています。

その企画の最後のものとして、本日から11月13日(日)まで「梅の小品展・梅の写真展・ワークショップ作品展」が開催されます。
で、この「梅の写真展」ですが、一般に対して写真を募集していましたので、私も応募してみました。

かつて、吉川英治記念館の庭園を彩っていた梅。
プラム・ポックス・ウィルス対策のため、1本残らず伐採されてしまった梅。

記念館に勤め始めてから、折に触れて撮りためておいたそれらの梅の写真を、この機会に皆様に見ていただきたいと思い、応募してみたところ、青梅アートジャム事務局から展示しますという連絡をいただきました。

というわけで、私の素人写真が、いま青梅市立美術館市民ギャラリーに飾られています。
こんなことでもないと、アーティストでもない私の写真が美術館に展示されることなどありえません。

すごいね(笑)

ただ、見ていただきたいのは、かつての梅に囲まれた吉川英治記念館の姿です。

先日、限定的に梅の再植樹が許可され、“青梅市梅の公園”などに、来春までに梅が新たに植えられることが決まりました。
ただ、許可されたのは青梅市梅郷・和田町の両地区のみ。
吉川英治記念館のある柚木町は、今回の許可地域に含まれていません。
いつならば再植樹が許されるのかの目途も立っていません。

せめて、かつての姿を見ていただいて、いつかまた梅に埋め尽くされる日に思いを馳せていただけたらと思っています。

ということなので、写真の良し悪しは問わないで下さいね(苦笑)

厚かましくも12枚も送りつけたのですが、そのうちの1枚をここで。
プラム・ポックス・ウィルス対策で、最初に伐採された紅梅の花びらが、地面に散っているさまです。

P3184191mini


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2016年11月 2日 (水)

紅葉ライトアップ

もう、11月になってしまいました。
また、今月末には年内の営業が終わってしまいます。
年に6ヶ月の営業だと、一年が過ぎるのが早いことよ。

さて、そんな中、来週土曜日の11月12日に、紅葉ライトアップを行います。

チラシはこちら

閉館後の17時から20時にかけて、吉川英治記念館草思堂庭園内の椎の木とモミジをライトアップし、その間庭園を無料開放します。

また、母屋内では貴重な映像資料も上映します。

ライトアップは初めての試みです。

夜の草思堂庭園の様子は、職員しか知りません。
暗闇に浮かぶ母屋や記念館の姿は、なかなか幻想的です。
そこに、紅葉のライトアップが加わるわけですから、私自身、どうなるか楽しみです。

是非、足を運んでください。

なお、このイベントの背景については、こちらをご参照ください。

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2016年10月29日 (土)

文アル

先日、「文豪ストレイドッグス」は横浜を舞台にしているのに、横浜出身である吉川英治は出てこない、ということを書きました。

そうしたところ、今度、「文豪とアルケミスト」というゲームが発売されるという記事に出合いました。
そして、そこには吉川英治も登場すると書かれていました。

この「文アル」自体は「文スト」のヒットを受けて企画されたものなのでしょう。
<二匹目のドジョウ>感が漂ってきますが、まあ、それはともかく。

吉川英治のビジュアルが10月下旬に発表されるというので、注目していたのですが、こんなお姿でした。

誰だよ、こいつ(笑)

私のような血のつながりのない者はともかくとして、親族の方はどう感じるのでしょうかね。

ちなみに、こんなことを書いてもいいのか分かりませんが、かなり昔、記念館に関係のある人が、酒の席で「吉川英治は人間としては立派だが、見た目はそう大した男じゃない」と口にしたところ、故文子夫人が大変ご立腹になったという話を耳にしたことがあります。
私はその場にいなかったので、実際はどんな様子だったのかわかりませんが、これが本当だとすると、文子夫人の眼には吉川英治は“イケメン”に映っていたのかもしれません。

とは言え、上記のような姿ではないと思いますが(笑)

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2016年10月22日 (土)

赤川次郎さん

本日、「赤川次郎さんを囲むひととき」が無事に開催されました。

定員50名で募集しましたが、定員を超える応募があったため、枠を拡大して75名で開催しました。
それでも落選となった皆さん、申し訳ありませんでした。

せめて内容をご紹介、と思ったのですが、実は、今回の講演内容は講談社が発行する『IN☆POCKET(インポケット)』の11月15日発売号に掲載されることになっていますので、ぜひご購読ください。

というだけでは、ケチ臭いので、感想かたがた、少しだけ内容に触れると、私の予想とは違い、自分の作品の創作の裏側というような話はほとんどなく、古典文学、それも海外のものを読むことの重要性について、穏やかな口調ながら、熱く語られました。

そもそも赤川さんの読書遍歴が、そうした古典中心であったことなど、ファンというわけではない私にはとても意外でした。
いや、来場されたファンの方でも、意外そうな顔をしている人が見受けられました。

その読書遍歴から、なぜ「三毛猫ホームズ」?

ということでしょう。

詳しいことは、『IN☆POCKET』で(笑)

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2016年10月19日 (水)

文学散歩「吉川英治と関東大震災」参加者募集中

文学散歩「吉川英治と関東大震災」を開催します。

2016年12月3日(土)の開催です。

詳しくはこちらを。

最近は、ストイックに歩くだけの文学散歩が続いていましたが、今回は最終目的地が船橋屋です。
くず餅を食べながら歓談する時間が予定されています。

なぜ船橋屋に行くのか、ちゃんと理由があるのですが、それは行ってのお楽しみということにしておきます。

とか言いつつ、昔、こうしてガッツリ紹介していますが。

ご興味のある方は、ぜひご参加ください。

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