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2005年5月 9日 (月)

「赤い鳥」と「少年倶楽部」の世界

現在、山梨県立文学館で上記タイトルの特別展が開催されています。

当館からも「神州天馬侠」の原稿、初版本、「天兵童子」初版本などを出品しています。

そんな出品資料の一つが「親愛なる読者へ」の原稿です。
私たちは、これを「神州天馬侠休載詫び状」と呼んでいます。

「神州天馬侠」は『少年倶楽部』の大正14年5月号~昭和3年12月号に連載されました。
そのうち、昭和3年10月号分の原稿がどうしても書けず、一回休載せざるを得なくなった吉川英治が、作品を心待ちにしてくれている子供たちに申し訳がないという気持ちから書いたのが、この「詫び状」です。

これが作品の代わりに誌面に掲載されたのですが、その長さは実に400字詰め原稿用紙11枚分!
雑誌連載の一回分の原稿量の4分の1ぐらいでしょうか。

いかに吉川英治が読者、特に子供たちを大事に思っていたかがうかがい知れるエピソードですね。

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