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2005年6月 6日 (月)

大河ドラマ「新・平家物語」は吉川英治の原作が描く時間的範囲よりも、早い段階で終了していました。

逆に、吉川英治の原作の時間的範囲よりも長く引き延ばされたのが、先年の大河ドラマ「武蔵」でした。

ご存知のように吉川英治の小説「宮本武蔵」は巌流島の決闘で幕を閉じます。
しかし、大河ドラマ「武蔵」では巌流島以降も描かれました。
それ以外にも、原作と異なる箇所は数多くありました。

こうした「原作」と「劇化作品」の関係は、いろいろ難しいものがあります。

テレビドラマにせよ、映画にせよ、舞台にせよ、文学作品を劇化する際には、決められた時間枠による制限や、視覚化に適しているかいないかといったことなどから、原作に≪忠実≫にとはいかない部分があります。
むしろ、劇化する際に何もかも原作通りにしてしまうことで、失敗する場合も多々あります。

吉川英治は、そういうところをよく理解していたのでしょう。
作品を映画や舞台にすることについて、「娘を嫁にやるようなものだ」と常々口にしていたそうです。
これは、「嫁に出した娘が相手先の家風に染まるのは仕方がない」=「作品が改変されるのは当たり前のことだ」ということでしょう。

しかし、作品は作者だけのものではなく、一度発表されれば読者のものでもあります。
熱心な読者が、原作の改変に異を唱えることは、誰にも止められません。

大河ドラマ「武蔵」の放送中には、吉川英治記念館にも抗議の電話がかかってきました。
罵倒されて閉口することもありましたが、これも作品への愛ゆえでしょう。

もちろん、そんな電話は二度とごめんですが。

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