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2005年7月15日 (金)

英治を探せ!

よく足を運ぶ書店で、宮武外骨フェアをやっていて、関連書籍が目立つスペースに置かれていました。
その中の『明治奇聞』(河出文庫)を手にとってみると、宮武外骨が発行した『震災画報』からの抜粋が収録されていました。
もちろん、ここで言う震災とは、大正12年9月1日に発生した関東大震災のことです。

その中に「震災後の飲食店」という記事があり、そこに『東京朝日新聞』大正12年9月30日の記事の引用が掲載されています。

焼け出されて『すいとん』を売る者、ゆであずきを売る者、そのほか牛どん豚雑煮と、とりあえず焼け残りの材料を集めて、災後一週間ばかりは素人の食物店が東京中の焼跡に店を張っていたが(略)最近の調べによると、これらの総数が焼跡区域だけで五千三百六十四軒ある。

実は、吉川英治もこの≪素人の食物店≫をやったくちでした。
上野公園で、主に罹災者相手に≪牛めし屋≫をやったのです。
このことは自叙伝「忘れ残りの記」にも記述があります。

ところで、関東大震災後、その被害を伝える数多くの出版物が刊行されました。
また、その頃は重要な報道メディアでもあった「絵葉書」も、多数発行されました。

私は、古書店などでそういうものを見つける度、上野公園の写真を探してしまいます。
≪牛めし屋≫が写っていないかを確認しているのです。
正確に言うと、≪牛めし屋≫をやっている吉川英治の姿が写っているものが存在していないか、チェックしているのです。

もし、そういうものをお持ちの方がいたら、ぜひ確認してみてください。
もしかしたら、吉川英治が写っているかもしれません。

もし吉川英治が写っていたら、大発見です。

見つけたら、ご一報ください。
よろしくお願いいたします。

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