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2005年10月20日 (木)

名付親

訃報が続いたので、今度は人が生まれた話を。

吉川英治の長男で、現在吉川英治記念館館長の吉川英明氏の誕生日が先々週にありました。

吉川英治が「随筆新平家」に書いた、その胚胎のいきさつについての逸話を、9月2日付の記事で書きましたが、その文章には、こんな続きがあります。

だから命名は、厳島にちなんで、伊都岐とつけようなどと思ってもいたのだが、ちょうど上海へ旅行中の留守に産まれたため、帰路の汽船の中で、同行の菊池寛氏が、ぼくが名づけるよと、Hにしてしまったのである。
(「新・平家今昔紀行」『宮島の巻』)

「上海へ旅行中」とあるのは、実はいわゆる≪ペンの部隊≫で、帝国海軍の揚子江遡江作戦に同行したことを指しています。

この時、帰路に乗船した客船・大洋丸の船上から文子夫人へ送ったハガキ(昭和13年10月11日付)が残されています。

帰宅までに名をと考へてゐるがなかなかつかない そこで舩にのるとすぐ 菊池氏に名づけ親になってもらって 英明とつけてもらった ひであきと読むのです 僕も少年時代は ひでちゃんだったから よかろうじゃないか ゆふべ さう決まって 色紙に書いてもらいながら 小島、浜本、北村君などと キャビンで祝福されながら おそくまで語った(後略)

「随筆新平家」での記述では、なんだか菊池寛が勝手に名づけてしまったかのようですが、ハガキの文面では、ちょっと話のニュアンスが違うようですね。

それにしても、何気ない文章ながら、このハガキからは、長男誕生の喜びを噛みしめている吉川英治の感激の気持がよく伝わってきます。

なお、小島、浜本、北村とは、ペンの部隊に同じ班で参加した作家の小島政二郎、浜本浩、北村小松のことです。

ちなみに、菊池寛は、自身の長男は英樹と名づけています。

同じ「英」の字を使っていますから、≪名づけ兄弟≫といったところでしょうか。

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