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2005年10月23日 (日)

愛馬

吉川英治は、単に競馬ファンであっただけでなく、馬主でもありました。

友人であり、既に馬主となっていた菊池寛に勧められてのことですが、馬主歴は昭和14年からですから、筋金入りです。

吉川英治の持ち馬が活躍したのは、昭和30年前後の時期。
代表的な馬はチェリオ、ケゴン、エンメイあたりでしょうか。

チェリオはスプリングステークス(昭和28年)で1着になるなど通算13勝を挙げ、オークス(昭和28年 2着)、日本ダービー(昭和28年 4着)、天皇賞(昭和29年 4着)にも出走しています。

ケゴンは昭和30年の皐月賞馬。その勢いで同年の日本ダービーに一番人気で出走するものの、結果は3着でした。

エンメイは悲運の馬で、昭和31年、前哨レースに1着となって、大いに期待されて出走した日本ダービーで、ダービー史上に残る転倒事故を起こし、脚を骨折したために薬殺されてしまいました。

しかし、この時、『週刊朝日』の愛読者大会出席のため関西にいた吉川英治は競馬場にはおらず、東京に戻ったのは、エンメイの葬儀の翌日でした。

この事故のショックで、吉川英治は競馬から遠ざかることになります。

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