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2005年11月 2日 (水)

紫綬褒章

先月の文化勲章・文化功労者の発表に続き、今日、秋の褒賞受章者が発表されました。

昭和30年、吉川英治は、この年の褒賞で紫綬褒章に選ばれながら、受章を辞退しています。

その理由は、作家にとっては読者からの反響こそが褒章であり、自分はそれをもう既に受けている、それに自分は虚名ばかり高くて、仕事の内容には恥じ入るばかりだ、だから受章する資格がない、ということでした。

別に褒賞制度に反対なのではなく、自分などは経済的成功も得ているし恵まれている、もっと業績に比して報われていない人こそ受章にふさわしい、ということなのでしょう。
この考え方は、我々の財団で運営する≪吉川英治文化賞≫に受け継がれています。

さて、この5年後に吉川英治は文化勲章を受けます。

実は、吉川英治が文化勲章に内定した時、文部省(当時)の役人が知己であった小林秀雄にある依頼をします。
紫綬褒賞の時のように辞退されては困るので、事前に吉川英治の意思を確認してきてもらえないか、という依頼でした。

小林秀雄が吉川英治を訪ね、その旨を伝えると、吉川英治は、やはり受章は辞退したいと答えました。
それに対し、小林秀雄は、何気なく、「お目出度いことになったら、読者がさぞよろこぶでしょう、それも考えて見て下さい」と口にします。
それを聞いた吉川英治は、深く考え込み、夫人と相談した後に、文化勲章を受けることを決めました。

小林秀雄が、吉川英治の死後に明かした秘話です。

ところで、何年か前、元代議士の方がご来館になった時、展示の説明をしていると、文化勲章に興味を持たれたので、この話をしましたが、イヤな顔をして、そっぽを向かれてしまいました。

嫌味か当てこすりのように聞こえたのかもしれませんね。
すみませんでした。
そんなつもりはなかったんです。たぶん。

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