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2005年12月14日 (水)

女房またはらみ

野村胡堂の随筆から川柳の件でもうひとつ。

昨日触れた随筆の続きである「時事川柳(二)」に、こんな話が出てきます。

報知新聞に時事川柳欄を始めた野村胡堂は、その選者もしていました。

ある時、暴力団風の男が時事川柳の選者を出せと言って報知新聞社にやって来ます。
そして、こんな句を載せるとは不敬であると言って抗議を始めます。
何が不敬かというと、その句は天皇家に男子が生まれないことを揶揄していると言うのです(注:昭和天皇は皇太子時代の大正13年ご成婚だが、現在の明仁天皇ご生誕は昭和8年で、それまでの9年間は、内親王ばかり4人お生まれになっている)。

その句は、「何とかの気も知らずに女房またはらみ」であったと胡堂は書いています。

おかしな句ですが、これは胡堂いわく、下五の「またはらみ」は記憶しているが上五は忘れた、ということで「何とかの」というのは、その忘れた部分な訳です。

ところで、この「女房またはらみ」というフレーズに、なんとなく覚えがあったので調べたところ、吉川英治にこんな川柳がありました。

天災のやうに女房また孕み

私は、この句を井上剣花坊著『川柳を作る人に』(大正8年 南北社)という本で見つけました。
当然、昭和天皇ご成婚以前に詠まれた句ですから、胡堂のいう句ではないわけですが、それにしては良く似ています。

誰かが吉川英治のものを真似して投稿したのでしょうか。

だとしたら、英治からパクッて胡堂を困らせたわけで、大した傑物ですね(苦笑)

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