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2005年12月 6日 (火)

吉川夫人

昨日は、吉川英治記念館の忘年会でした。

その席で、およそ一年ぶりに吉川英治未亡人の文子夫人とお会いしました。
思いの外お元気そうで安心しました。

ところで、時々来館者の方から、こんなことを聞かれます。

吉川夫人はいつ亡くなられたんですか?

「ご存命で、今は当館の名誉館長です」とお答えすると、驚かれます。
縁起でもない失礼な話ですが、無理からぬ部分もあります。

吉川英治は明治25年(1892)生まれですから、生きていれば今年で113歳。
その夫人が存命のはずはない、と皆さん思われるのでしょう。

実は、文子夫人は吉川英治にとっては二度目の妻で、年齢差が28歳もあったのです。

二人が結婚したのは昭和12年。
吉川英治45歳。
文子夫人は、まだ17歳でした。

「女房と畳は……」という言葉がありますが、あれは単なる戯言で、実際にこれだけの年齢差で結婚しようと思うことは、すごいことだなと、私などは思います。
自分がいま女子高生と結婚できるかと考えたら、とてもそんなパワーはありませんし、世代が違いすぎて、感性の一致点が見出せる気がしません。

いま「女子高生」と書きましたが、文子夫人にその時代はありませんでした。
その年齢には家計のために既に働いていました。

あ、そういう苦労人である点は共通していますね。
そのあたりが、心の通じるところだったのでしょうか?

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