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2005年12月19日 (月)

クリスマスと正月

年末年始向けに展示替えをした際に、吉川英治の随筆「待つ春の記」の原稿を出しました。

昭和30年1月1日に、五社連合加盟の地方紙に掲載されたものです。

改めて読み直してみましたが、なかなか興味深いものです。

地方は違うであろうが、近年、東京を初め大都会の正月は、暮れの二十五日にすんでしまうようだ。クリスマスの支度は、十二月に入ると、もう何かとあちこちの店頭に見え初める。そして都心の狂騒曲は、前夜祭から後夜祭までクタクタになるほどつづき、おおむね、新年分の酒まで暮に飲んでしまう。

その挙句に肝心の元日は寝正月だと、呆れています。さらには、

ことしもまた、正月の松かざりは止めろといい、それの行事を多少は春の餅代としている各町内の人の間では、生活問題だと、協議したりしている。ハゲ山だらけとなった日本だから、この問題が起こるのも当然だろう。余りに大きな松など伐らぬに越したことはない。
けれど、クリスマス用の樅の木となると、これはどんな大きな木を、どんなにふんだんに酒場の中で使っても、いっこう誰も何ともいわない。

つまり、戦争でハゲ山となった山林から門松用の松を伐り出すのは山林破壊だと言う一方で、樅の木を伐り放題というのは、矛盾しているのではないかと、疑問を呈しています。

こうしてみると、終戦後わずか10年で、クリスマスと正月の関係が、いまと変わらぬクリスマス優位に移行していたのだとわかります。
当時はさすがに自宅に電飾を張りめぐらす物好きはいなかったのでしょうが、50年も前から、クリスマスのバカ騒ぎは始まっていたのです。

それを吉川英治は「今の日本には、おのれがない」と嘆いています。

同じような嘆きは、21世紀の今でもしばしば耳にし、目にします

でも、それって50年前から同じなんですね。

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