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2005年12月22日 (木)

重箱の隅

大村彦次郎著「時代小説盛衰史」は、昨日書いたような本なわけですが、その中の吉川英治のことについて、何点か気がついたことや補足を。

・80ページ
大正12年、勤務していた東京毎夕新聞社から、同紙に連載していた吉川英治初めての新聞小説「親鸞記」の単行本が出版された話が出てきます。
そこに

この時初めて著者名に吉川英治の筆名が用いられた。

とありますが、これは誤りです。
「親鸞記」単行本には、背・扉・本文第一ページ・奥付の4ヶ所に著者名が印刷されていますが、全て≪吉川英次≫になっています。
以前書いたように、この時の出版広告で≪英次≫を≪英治≫に誤植されたという説はありますが、単行本自体には≪英治≫の文字はありません。

・147ページ
円本ブームの中で刊行された平凡社の『現代大衆文学全集』についての記述の中で、

それが第九回配本の吉川英治「鳴門秘帖」の巻で、俄然、売れゆきが回復、急増した。売り出し中の吉川がもたらす人気のせいだった。

とあります。
ここには、もうひとつの事情があります。

吉川英治の人気を高めた「鳴門秘帖」は、大正15年8月11日から翌昭和2年10月14日まで、大阪毎日新聞に連載されました。
そして、連載途中の昭和2年3月に、そこまでに連載された分を単行本にした「鳴門秘帖 前編」が大阪毎日新聞社・東京日日新聞社から出版されます。

ところが、『現代大衆文学全集』の企画が持ち上がった時、吉川英治が「鳴門秘帖」をそちらに提供したため、大毎・東日版の「鳴門秘帖 後編」は刊行されず、昭和2年12月に『現代大衆文学全集』の9巻として改めて「鳴門秘帖」が刊行されることになりました。

つまり、大毎・東日版「鳴門秘帖」は未完のままにして、『現代大衆文学全集』版で初めて完全版の「鳴門秘帖」が刊行されたわけです。

大人気作品を初めて全編収録した完全版ですから、当然売れます。
40万部を売り上げたそうです。

大阪毎日新聞社は悔しかったでしょうね、きっと。

ちなみに、いま挙げた「親鸞記」と「鳴門秘帖 前編」ですが、前者は出版直後の関東大震災の影響で、後者はいま書いた事情で、あまり世の中に残っておらず、吉川英治の作品の中では珍しく稀覯本になっています。

当館では既に所蔵しているので、よほどの美本でない限り、改めて購入することはしませんが、マニアの方は、見つけたら即ゲットした方がいいですよ。

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