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2005年12月 7日 (水)

お通と文子夫人

よく言われることに、「お通さんのモデルは文子夫人だ」というのがあります。

これは厳密には、正しいとは言えません。

お通は小説「宮本武蔵」のごく初期から登場しています。
その連載が始まったのは昭和10年8月。
したがって、文子夫人をモデルにするためには、昭和10年の夏までには出会っていなければいけないことになりますが、実際に二人が出会うのは、昭和11年です。

しかし、実際に文子夫人と接した多くの人が、「文子夫人こそお通さんだ」と口をそろえ、そう書き残しています。

私は、こう思います。

「文子夫人のモデルがお通さんなのだ」と。

おかしな言い方かもしれませんが、そう思うのです。

親子ほど歳の離れた若き新妻に対し、吉川英治は手取り足取り指導して、妻としての心得を身につけさせたはずです。
文子夫人にしても、それだけの年齢差があり、初めから敬意を抱いている人物からの指導ですから、素直に受け入れたでしょう。
結婚した昭和12年は、「宮本武蔵」の連載中ですから、吉川英治が意識せずとも、そこに≪お通≫的なものがこめられていたとしても不思議はありません。

もちろん、文子夫人の元々持っていた資質と、吉川英治が妻に求めたものとが見事にマッチしたということなのだと思いますが、結果的に皆が「まさにお通」と認めるような存在となったのでしょう。

ですから、「文子夫人はお通さんだ」というのはその通りだと思うのですが、「お通さんのモデルは文子夫人だ」というのは、逆だと思うのです。

いかがでしょう?

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