« 無刀 | トップページ | おわび »

2006年1月31日 (火)

武蔵と無刀

『無刀』というフレーズは、宮本武蔵の「五輪書」の中にも出てきます。
「五輪書」の「火の巻」は、主に兵法の実践に関わる留意点などを述べたものですが、そのうちの「つかをはなすと云事」という部分に、

束をはなすといふは いろいろ心ある事也
無刀にて勝心あり 又 太刀にてかたずる心有
さまざま 心のゆく所 書付るにあらず
よくよく鍛錬すべし

とあります。

これは、柳生宗矩の示した思想としての『無刀』とは異なり、「刀に執着するな、刀を持たずとも勝つことも出来るのだ」という程度のことのようです。
もっとも、どうやったらそうできるのかについては、「よくよく鍛錬すべし」で済ませていますが。

ただ、兵法とは単に剣術ではなく、国を治める道に通じるという発想はあったようで、例えば、やはり宮本武蔵が書いたとされる「兵法三十五箇条」には、

たとへば心を大将とし 手足を臣下郎等と思ひ 胴体を歩卒士民となし 国を治め身を修る事 大小共に 兵法の道におなじ

というくだりがあります。

吉川英治が小説「宮本武蔵」で描く武蔵像には、そういう部分が強く反映されており、その分、どこか柳生寄りな武蔵像になっているように、私は感じています。

|

« 無刀 | トップページ | おわび »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 無刀 | トップページ | おわび »