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2006年1月27日 (金)

清盛塚

昨日、厳島神社で知られる宮島の旅館・岩惣の支配人の岩村裕之さんがご来館になりました。
以前、このブログでも書いたように、岩惣というのは、吉川英治が何度か宿泊したことのある旅館です。

宮島には、私も10年余り前に足を運んだことがあります。
既に吉川英治記念館に勤務していましたから、神社への参拝もそこそこに清盛塚に向かいました。
吉川英治が、「新・平家物語」取材旅行の際に清盛塚を訪ね、そこでの感慨を、「君よ今昔の感如何」という言葉に残しているからです。

やはり、作家と同じ風景を眺めてみたいですからね。

神社の社殿の裏の方の、切通しになった谷の斜面にあまり整備のされていない石段があり、そこを登った所に清盛塚はありました。
平家の栄華とは対極の、実にこぢんまりとした塔で、周囲も、言い方は悪いのですが、荒れたままという感じでした。

そんな話を岩村さんにしたところ、こんな話を教えて下さいました。

切通しは、後年出来たもので、吉川英治の来島時には、まだ山はひとつながりになっていました。
塔は、切通しを作る際に、移設しているのです。

つまり、吉川英治が見た時と、私が見た時では、塔の位置が違うのだそうです。

それともう一つ。

宮島の住民は、昔から清盛塚を恐れていて、その上、塔の移設の時にも、色々悪いことが起こったそうで、あまり近付きたがらないのです。

それぞれの土地に、「伐るとたたりのある木」とか、そういう類のものがあったりするものですが、宮島の清盛塚もそういうものの一種なんでしょう。
土地の人からしか聞けない話です。

なるほど、人の手があまり入っていないのは、そういうわけだったんですね。

しかし、それならなおさらきちんと整備して祀り直した方が良いのでは、などと思いましたが、ま、よそ者の余計なお世話ですね。

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