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2006年1月13日 (金)

一領具足組

今年のNHK大河ドラマは、昔風に言うと「山内一豊の妻」ということになります。

さて、吉川英治は、数多くの作品を書いていますが、山内一豊を大きく取り上げた作品はありません。

ただ、山内一豊入国まで土佐の国を治めた長宗我部盛親を主人公にした作品があります。
それが表題の「一領具足組」。
雑誌『講談倶楽部』昭和4年4~8月号に連載された短編です。

関ヶ原の合戦で西軍に組したため領地・土佐を追われ、京都に隠居生活を余儀なくされた長宗我部盛親が、女好きの遊び人を装って世を欺き、大坂の陣が勃発するや、豊臣方に馳せ参じ、武士の意地を見せる。
そこに、長宗我部家の家臣たちの様々な人間模様が絡み合う。

あらすじは、こんな感じです。
ちょっと「忠臣蔵」っぽいですね。

タイトルにある≪一領具足≫というのは、長宗我部家が用いた半農半兵の家臣団で、実在したものだそうです。

ところで、物語は徳川家康から長宗我部家の居城・浦戸城明け渡しの命を受けた藤堂高虎の家臣、井出志摩守の土佐入りから始まります。

このあたりの史実に詳しくないので、少し検索してみたのですが、実際には井伊直政の家臣が、城受け取りに赴いたようです。
さらに、城明け渡しを拒んで一領具足が武装蜂起し、これを鎮圧するために山内一豊の弟・康豊が派遣されたといいます。
藤堂家はこの件では中心的な存在ではないようです。

にもかかわらず藤堂家を中心にしたのは、大坂夏の陣で長宗我部盛親軍と藤堂高虎軍が一戦を交えたという史実があるからではないかと思います。
城明け渡しの屈辱を、大坂夏の陣で晴らし、藤堂家に一泡吹かせる。
そういう物語構造にしたかったのではないでしょうか。

また、作品には桑名与次兵衛という人物が登場します。
長宗我部盛親と謀って、盛親に暗愚なふりをさせ、その存命に尽力しながら、それに気づかぬ他の家臣の恨みを買うという役どころ。
浦戸開城後は藤堂家に召抱えられ、最後は大坂夏の陣で盛親の面前で覚悟の討ち死にをすることになります。

史実では、長宗我部家の家臣に桑名次兵衛という人物がいて、これが一領具足の蜂起を抑えて浦戸城を開城し、後に藤堂家の家臣となり、大坂夏の陣で盛親の馬前で戦死しているのだとか。

この人物の存在も、あえて藤堂家を中心にした理由のような気がします。

この時期の吉川英治は、もっぱら伝奇的な作品を書いていましたが、こういう歴史小説的な作品も書いていたんですね。

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