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2006年1月30日 (月)

無刀

昨晩、テレビで映画「英雄 HERO」(チャン・イーモウ監督)が放送されました。

その中にこんな場面があります。

後に始皇帝となる秦王(チェン・ダオミン)が、かつて自分を殺そうとした刺客・残剣(トニー・レオン)が書いた「剣」という一字の書を見ながら、卒然と悟る。 剣の究極の極意とは、手にも心にも剣を持たないことだ、と。 それを聞いた刺客・無名(ジェット・リー)は、それを決して忘れないようにと言い残し、秦王暗殺を断念して去って行く。

この、剣の極意は剣を持たぬこと、というのを聞いて、『無刀』という言葉を思い出しました。
柳生宗矩が「兵法家伝書」に記した、剣の極意です。

徳川将軍家の剣術指南役である柳生宗矩の言う『無刀』は、畢竟、治者の剣のあり方を指し示したものです。
それはいわゆる『活人剣』、万民を活かすために排除すべき悪を除くことを目的とした力、ということになるでしょうか。

「英雄」の中で描かれる秦王は、冷酷な侵略者と世の人から憎まれようとも、世に平和をもたらす道は、いまは力によって乱世を統一する以外にはないと考えている人物です。
そして、そのことを理解し、「手にも心にも剣を持たぬこと」こそ剣の極意であると指し示すことができたのは、剣に生きる刺客だけであった、というところが作品の肝となっています。

中国人映画監督が描く世界と、日本を代表する剣客の唱える極意に、共通性が見られることは、興味深いことです。
もとは儒教思想にあるのでしょうか。

もっとも、始皇帝は焚書坑儒をやったとされているのですが。

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