« 新雑誌 | トップページ | 一領具足組 »

2006年1月12日 (木)

常冬の記

あまり寒いので、上記のようなタイトルの随筆が吉川英治にあったことを思い出しました。

と言っても、別に冬の寒さの厳しさを書いた随筆ではなく、鎌倉時代、寛喜年間の気候不順とそれがもたらした社会不安について書いたものです。

随筆の最後に、「四季なくして日本の文化はなかった」と書きながら、しかし、と続けます。

四季は決して、日本に和楽や優雅のみをもたらしている自然の恵みだけのものではない。夏の颱風、秋の洪水、冬の風雪、火山系に伴う地震の多さなど、自然はこの土壌の上の住民にたいして、実は酷烈過ぎるほどな災害をも不測に約しているのである。花笑い鳥歌う常春だけがお前たちの大地ではないぞと初めから明らかに示しているのだった。が、性懲りもなくすぐ忘れてしまうのがこの国の者の明るい一面でもあった。

ここ何年か、大きな水害や地震、そして今年の大雪など、自然がその厳しい一面をのぞかせることが多いような気がしますが、元々日本とは、そういう国土なのでしょう。

そして、そのことを都合よく忘れることで、前向きに生きてきたのが日本人なのかもしれません。

ただ、それも度が過ぎると、自らが作り出した文明を根底から突き崩してしまうような愚かな行動に至ってしまう。

昨年末からの耐震強度偽装問題などを見ていると、そんな気になります。

|

« 新雑誌 | トップページ | 一領具足組 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 新雑誌 | トップページ | 一領具足組 »