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2006年1月16日 (月)

図書館

今日、国会図書館に資料調べに行き、ある論文を複写しようとしたところ、著作権法の規定で、半分しか複写できない、と言われました。

近年、著作権者保護の観点から、複写制限が厳格になっていることは知っていましたが、実際に規定に引っかかったのは初めてだったので、少々面食らいました。

自分が≪被害≫にあったから言う訳ではありませんが、この複写制限には、どんな意味があると言うのでしょう?

ある論文を研究のために参照したい人は、大昔の学者のように手書きで書き写せとでも言うのでしょうか。
それは単に学術研究というものを滞らせるだけだと思うのですが。

一つの論文を手元に置くために、何日かに分けて図書館に通うとか、その本を所蔵している図書館をはしごするとか、数人の人間で手分けして複写するとか、そんな手間と小細工をしなければならない国を、果たして文化的と言えるでしょうか。

著作権法の第一条には

この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。

とあります。

つまり、「権利の保護」は「文化の発展」のために行われるものです。

いまある論文の筆者は現在の著作権者でしょうが、それを複写して自分の論文の資料にしようとしている人間は、未来の著作権者だと言うことが出来ます。

現在の著作権者の権利を保護するために、未来の著作権者を圧迫することは、文化の発展を阻害することであり、法の趣旨に反するのではないかと、私には思えます。

まあ、私は著作権についてあまり深く考えたことがありませんから、誰か、一体、複写を制限することで、何から何の権利を守っているのか、わかるように説明してくれませんかね?

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