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2006年2月23日 (木)

応接間

昨日から公開を始めた母屋玄関の部分は、元々は土間でした。
元来江戸時代末期の農家の屋敷なので、当時そのままの様子を残していたのです。

そこを吉川英治が転居後に改造したものです。

入口の洗い出しのタタキは農家によくある土間で、以前には、これが台所と炉部屋の方へ、つづいていた。そして、風呂に入るにも、台所をするにも、下駄をはいてやることになっていたのを、現在のように、直したのである。

と、随筆『ぼくのいなかや』(「折々の記」所収)に書かれています。

玄関右手の応接間は、転居当時は五右衛門風呂があった場所を改造したものですが、同じ随筆にこう書いています。

五坪の応接は、俗に“ゲヤ”と田舎でいう屋根裏じかのいわゆる下屋である。以前は飼蚕部屋になっていたのを、かんたんに改造した。これは、ぼくの設計にしては、大出来と思っている。
というのは五坪の三分の一を、切り落しにして、椅子と卓にし、あとを畳と平床にしたことにある。屋根裏は、前にいったように天井なしなので、竹でかくした。この竹のならべ方は、この辺の農家の炉部屋では、よくやっていることなのである。つまり煤煙ふさぎによいのであろう。
切り落としカマチに曲線をとったこと。床わきの出入口のふすま口を、一尺五寸、奥へふみ込ませて凹みを取ったことなどが、この和洋式応接を、たった五坪とは思わせない広さに感じさせている魔術である。(略)

自画自賛ですね。

この吉川英治ご自慢の応接間、今度の母屋公開によって、その様子をご覧いただけるようになりましたので、その自慢ぶりを確かめにお出で下さい。

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