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2006年3月 9日 (木)

大多摩

社団法人大多摩観光連盟のホームページの沿革には、こんな記述があります。

1946年9月 社団法人大多摩施設協会創設
この協会は、戦後、人心の荒廃に明るさをとりもどしていただくことを目的とし、当時の吉野村・三田村(現在の東京都青梅市梅郷・沢井地区)の村長・有識者及び、小説家吉川英治先生・日本画家川合玉堂先生などが種々協議した結果、旧東京都西多摩郡地域の行政組織を会員とし、設立されたものである。なお、大多摩の命名は吉川英治先生である。

大多摩観光連盟の前身である大多摩観光協会の設立に吉川英治が関わり、その命名もした、ということです。

さらに、この翌月に大多摩観光協会が行った青梅・甲府線調査団に、吉川英治も参加しています。
これは、奥多摩の氷川から、柳沢峠を越え、山梨の塩山に到る調査行で、この地域の国立公園化を目的とした基礎調査の一つでした。

作家という座り仕事のため足腰の強くない吉川英治は、馬やリヤカーも利用しての道中でしたが、奥多摩の自然は、吉川英治に強い印象を残したようです。

昭和25年には、今度は文子夫人も伴って、奥多摩の小河内から五日市までを踏破してもいます。

こうした運動の結果、この地域は秩父多摩国立公園(現・秩父多摩甲斐国立公園)に指定されました。

吉川英治が多摩に残した大きな足跡のひとつと言えるでしょう。

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