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2006年4月 4日 (火)

慰霊祭

去る4月2日、吉川英治記念館からほど近い青梅市柚木町の山中で、ある慰霊祭が行われました。

昭和20年4月2日。
東京多摩地区にあった中島飛行機の工場を爆撃する任務にあたっていたアメリカ軍のB-29爆撃機の1機が、日本軍の高射砲撃により被弾しました。

よくB-29は日本の高射砲の射程より上の高度から爆撃をしたので高射砲が役に立たなかったなどと言いますが、この時は、より正確な爆撃のために通常より低い高度からの爆撃だったので被弾したのだそうです。

被弾したB-29、愛称“Filthy Fay Ⅱ”は、青梅市柚木町に疎開していた吉川英治の家(現・記念館)の屋根をかすめるようにして、背後の山中に墜落しました。
乗員11人のうち6人は落下傘で脱出したものの、5人は機とともに墜落死しました。

住民の敵国兵への反感は強く、落下傘での脱出後に捕らえられた乗員が護送される際には、石を投げつけた者もいたと聞きます。
当然、死者への配慮も、なされませんでした。

それに対し、吉川英治は「敵国人であっても、死ねば同じ人間なのだから、丁重に埋葬するべきだ」と住民を諭し、そこで村の警防団が散乱する死体を回収し、近くの即清寺に埋葬することとなりました。

日本の敗戦後、進駐してきたアメリカ軍は、この話を知り、即清寺から遺体を回収していきました。

平成11年、B-29の墜落地点を所有する地主が、慰霊碑を建て、以降個人として慰霊を行ってきました。

そのことが周囲に伝わり、今年、在日アメリカ軍横田基地の副司令官なども出席しての、日米合同慰霊祭が開催されることになりました。

当館館長の吉川英明も出席しました。

しかし、敵同士でも同じ人間だと言った吉川英治の心や、誰も知らぬ山中の小さな碑を建てた地主の平和への祈りは、今のこの世界に届くものなのでしょうか。

届くものであって欲しいと願わずにはいられません。

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コメント

こんにちは。
初めまして。

青梅市黒沢地区で戦後に生まれ育った者です。
以前から、柚木へB29が墜落した話は聞いておりました。
そして、先日NHKテレビの番組でこの記事に書いてある同じ内容のことを知りました。

落下傘降下した米兵一名は小曽木で、また一名は山中潜伏後に黒沢で捕虜になっていますよね。

いずれも初耳でした。
小中学生時代一度も聞いたことがなかったのです。

即清寺へお詣りに行って来ましたが、米兵のお墓は無かったようでした。
米国本土へすっかり遺骨を移されたようですね。

当時、敵愾心一杯だった村人への吉川英治さんの価値ある説得に、感銘いたしました。

投稿: 駒えもん | 2009年8月22日 (土) 12時40分

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