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2006年4月 3日 (月)

大正むさしあぶみ

吉川英治の代表作の一つ「親鸞」の挿絵を描いたのは山村耕花です。

山村耕花は「大正むさしあぶみ」という本を出版しています。
これは、大正12年の関東大震災後の東京をルポした画文集です。

その中に『牛丼屋』を描いたものがあります。

実は、吉川英治は、関東大震災後、勤務していた東京毎夕新聞社が発行不能状態に陥ったため、さっさと見切りをつけて、上野公園で罹災者相手の牛飯屋の屋台を開いているのです。

以前に触れたように、宮武外骨の「震災画報」に引用された大正12年9月30日付朝日新聞の記事によれば、吉川英治の開いたような素人屋台や、被災した料理屋の仮営業の露店が当時5364軒もあったといいますから、山村耕花が描いたものが、吉川英治が開いた屋台である可能性は限りなく低いでしょう。

しかし、スケッチの題材を求めて歩く山村耕花が、屋台をやっている吉川英治と出会っていた可能性がないとは言いきれません。
案外、歩きつかれて、吉川英治の屋台で腹ごしらえをしていたかも。

ちなみに紀脩一郎が、この時に吉川英治のやっていた屋台に入って、しばらく話し込んだという話を『一期一会』(「吉川英治全集」月報29所収)という文章に書き残しています。

紀脩一郎は、後年、「あの時の屋台の主人こそ吉川英治だったのか」と雑誌の記事で知ったと描いていますが、山村耕花はどうだったのでしょう。
「親鸞」の挿絵の打ち合わせの席などで、そんな話になったのでしょうか。

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