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2006年5月15日 (月)

横浜散歩-その1

横浜に1泊してきました。
せっかく横浜まで出かけたので、吉川英治にゆかりの場所を何ヶ所か歩いてみることにしました。

ただし、まったくの気まぐれと言うか、気の迷いと言うか、とにかく、急な思い付きだったので、何の下準備もせず、ただ1冊の本だけを持っていきました。

「吉川英治と明治の横浜――自伝小説『忘れ残りの記』を解剖する」(横浜近代文学研究会編  1989年)という本です(以下、単に「本」と呼びます)。

出版から17年も経っていますので、きっと状況も違うことでしょうから、人の調査の後追いでも、まあ、それなりの価値はあるでしょう(横着な)。

とりあえず、関内周辺を歩くことにします。
というのも、宿泊したホテルがそこにあるからですが。

ホテルの所在地は横浜市中区住吉町。
その同じ住吉町に、吉川英治が小学校を中退して、最初に奉公に出されて勤めた≪川村印章店≫があります。
まずはそこを探します。

川村印章店は馬車道から横浜公園へ向って柳並木になっていた住吉町通りの角から東側へ二軒目のちんまりした一店舗だった。
(『忘れ残りの記』から。以下同じ)

Kawamura
この描写などから、本では現在は関内桜通りに面した住吉町3丁目の一画が、その場所だと書きます。
本では、「現状は「ハンズマートヤマナカ」である」としていますが、今は居酒屋になっているようです。
たまたま隣の土地が更地になっていましたので、間口の割りに奥行きがある、いわゆる≪うなぎの寝床≫風であるのがわかります。

(略)初奉公のぼくは、勿論、店の表つきを見て這入ったわけではない。その家のしきいを初めて踏んだのは露地の裏口からであった。(中略)何か冷やッこい他人の家と足の裏に感じたとき、又してもぼくはここで一と泣きしたくなった。

と書く裏口は、写真の右手にあったのでしょう。

吉川英治は、この生涯最初の勤め先で、≪小さい筆禍≫を起こして、店を追い出されます。
その筆禍の内容は『忘れ残りの記』に、上記のタイトルの章がありますので、そこを読んでみてください。

私は、次の勤め先となった南仲舎に向います。

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