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2006年5月 9日 (火)

横須賀

「横須賀市立図書館の郷土史コーナーに吉川英治の著作が置かれているんですが、吉川英治は横須賀と何か関係があるんですか?」という問い合わせの電話がありました。

吉川英治が横浜で生まれたことはよく知られていると思いますが、実はわずかながら横須賀にも縁があります。

本人の自筆年譜によれば、明治41年のこと。

吉川英治は父親の事業の失敗による家の没落で、明治36年、11歳の時から様々な職を転々としながら家計を助けるという暮らしをしてきました。
そうした仕事の一つとして、続木商店という所に勤め、その横須賀支店に約1年間住み込みで働きました。
この続木商店の主たる業務は海軍への物品の納入で、吉川英治も、横須賀軍港に停泊する軍艦の酒保に商品を届けるなどしていました。

自叙伝「忘れ残りの記」によると、苦難の少年時代に経験した様々な仕事の中では、続木商店は割と楽しく働くことが出来た場所だったようです。

それでも、その住み込み店員時代のこととして、家族が二日間何も食べていないということを弟が伝えにやって来たため、なけなしの5銭を与え、自分もあわてて店の商品の缶詰を“前借”して届けたというエピソードや、商品を納めに行った軍艦・新高で、このまま隠れていたらどこか外国に行けるだろうかと夢想した、などという話が出てきます。

ちなみに、小説の中では、ただ1作、「燃える富士」の中に横須賀が主たる舞台として登場します。
江戸幕府によって建設中の横須賀造船所が、重要な舞台になっているのです。

横須賀造船所は、結局明治維新後に明治政府によって完成され、後に海軍工廠となりますから、続木商店時代の吉川英治には馴染みのある場所ということになるでしょう。

そのあたりを踏まえて、ぜひ一度読んでみてください。

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