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2006年6月 6日 (火)

追悼特別展

本日から吉川文子名誉館長への追悼特別展として「英治と文子 吉川夫妻の70年」展を開催します(8月6日まで)。

大正9年8月9日に東京下谷で生れた文子夫人は、身体の弱い父を助けて家計を支えるために働きに出た料理屋で吉川英治と知り合いました。
時に昭和10年。ちょうど「宮本武蔵」の執筆に取りかかったばかりの頃でした。
交際の後、結婚したのは昭和12年。英治は45歳、文子夫人は17歳でした。
翌昭和13年に誕生した長男の英明を筆頭に2男2女の4人の子供に恵まれましたが、昭和37年、42歳で夫・英治を亡くしました。

文子夫人は若くして英治と死別した後、40年以上にわたって、吉川家の中心として、英治の業績と遺徳を世に伝える役割を果たしてきました。
昭和41年の財団法人吉川英治国民文化振興会発足と同時に理事に就任。
昭和52年に吉川英治記念館が開館した後、昭和63年から吉川英治記念館館長となり、平成14年に長男・英明に館長を譲り、名誉館長となりました。
これらは形だけのものではなく、とりわけ、吉川英治記念館開館後は、足しげく記念館に通って、来訪する吉川文学ファンと気さくに語らい、その人柄で慕われてきました。

「同行二人」という言葉があります。遍路は1人でも常に弘法大師と共にある2人連れだ、という意味の言葉です。
吉川英治と文子夫人の結婚生活は25年間、出会ってからでも27年間。それが2人が実際に共に過ごした時間でした。
しかし、英治亡き後の文子夫人の後半生も1人だけの人生ではなく、まさに吉川英治と「同行二人」の人生だったと言えるでしょう。

この追悼特別展では、2人が出会ってから文子夫人が亡くなるまでの70年余を「2人」の人生として、小規模ながら、振り返ってみたいと考えています。

吉川英治が文子夫人との交際中に送ったラブレターや、やはり交際中に作った詩歌類など、そして、数多く残されている夫妻の写真の中から40点余りを展示しています。

ぜひご来館ください。

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