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2006年7月 8日 (土)

新刊案内

光文社知恵の森文庫から「古美術読本二 書蹟」(井上靖監修 秦恒平編)というものが発売になりました。

1987年に淡交社から出たものを文庫化したものですが、ここに収録されている吉川英治の『鶯薮稚舌』という随筆は、吉川英治の単独の随筆集の中には収録されていないものですので、興味のある方には貴重なものです。

ところで、この文庫化にあたって、新しく写真を掲載したいという依頼が編集部からあり、その過程でひとつ気が付いたことがありました。

吉川英治はこの随筆中にこう書いています。

横綴ぢ木版で紙三四十枚ばかりの薄い本で「睡菴玩古録」といふのがある。題箋の書名はややうろ覚えでちがってゐるかもしれないが、とにかく浦上玉堂の嫡子春琴が坐右に愛玩した物のいはば家蔵録といったものを誰かが複本したものである。古書展で拾って机辺においてゐるうち何となくその春琴のさりげない自筆目録の書が好ましくおもはれてきた。で、べつにそれを読むといふのではなく何かに倦むとちょっとそれを手にするやうな習性になってゐた。

この「睡菴玩古録」が記念館に所蔵されているなら、写真に撮りたいというのが依頼でした。

そこで記念館で所蔵している吉川英治の蔵書の目録を見てみましたが、このタイトルの書がありません。
代りに見つかったのが、「睡菴清秘録」というもの。
現物を確かめてみると、浦上春琴が愛玩の品の目録を記し、頼山陽がそれに朱を入れたものを複本したもので、随筆の記述と一致します。

つまり、本人が随筆に書いているように、タイトルを間違えているわけです。

この事実を編集部に伝えたので、今度の文庫にはそのことについての注が入っています。

ところで、後になって私の前任の学芸員がこのことに簡単に触れている文章が館報「草思堂だより」にあったことを思い出しました。
しかし、実はその文章では「睡菴清心録」としていて、やはりタイトルを間違えています。

今回何度も確かめましたから、間違いありません。
正しいタイトルは「睡菴清秘録」です。

しかし、間違いを正したはずの今回の文庫ですが、別の所で間違いがあります。
というのも、今回の文庫は随筆『鶯薮稚舌』の底本についてこう書いているのです。

一九七六年「書道講座」第二巻 ニ玄社

これは正しくは1956年です。

もっとも、これは今回の文庫編集部のミスではありません。
確認したところ、1987年の淡交社版が既に間違えていました。

些細な間違いですが、気が付いたので、一応指摘しておきます。

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2006年7月 7日 (金)

むすめに与ふ

昨日の「童女般若心経」と同じ時に書かれ、「童女般若心経」と一対をなすものとされる色紙があります。
それが「むすめに与ふ」です。

せっかくなので、その全文も紹介してみましょう。

倖せ何と ひと問はば
むすめは なにと 答ふらん
珠になれとは いのらねど
あくたとなるな 町なかの
よしや三坪の庭とても
たのしみもてば 草々に
人生 植えるものは多かり

昭和三六年夏 軽井沢にて
或る雨の夜 英治

娘の結婚後の幸せを祈るものであり、また、結婚生活への心構えを親として伝えたものでもあります。

「童女般若心経」といい、この「むすめに与ふ」といい、なかなか嫁ぐ娘にこういうものを手渡せる父親はいないでしょう。
それ以上に、こういうものを素直に受け取れる娘というものが、今はいないのかもしれませんね。

いや、私は独身で、嫁ぐ娘の気持も、もちろん送り出す父親の気持もわかりませんから、断言はしませんが。

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2006年7月 6日 (木)

童女般若心経

こんな問い合わせがありました。

展示してある「童女般若心経」を書き写して帰ったのだが、一部分あいまいなところがあるので、正しい文言を教えて欲しい。

「童女般若心経」というのは、吉川英治が長女の曙美に結婚話が持ち上がった時に、自らの思いを込めて娘に贈った色紙のことです。
来館者の方からの質問が最も多い資料でもあります。

以下にその全文を書き写してみます。

心といふ字に似た花が
わたしのうちに咲きました
のぞけば神がかがんでる
青金色にかがやいて
いいえ顔さへ上げぬのは
露の精かもしれません
そこでそうっと
おまへはたれときいたらば
愛の蕋だといひました

曙美に与ふ

昭和三六夏雨夜
かる井沢にて 英治

よく質問されるのは「愛の蕋」の「蕋」とはどう読むのか、ということなのですが、これは「しべ」です。
いわゆる、「おしべ・めしべ」の「しべ」ですね。

「心といふ字に似た花」とは、おそらく露草のことでしょう。
その小さな花の中にも、大事な「しべ」がしっかりと育っている。

つまり、娘の心の中に、結婚を申し込んできた男性への愛情がしっかりと育まれているのを感じた、という父親の思いが、ここには込められています。

なお、曙美は、翌年春に結婚。
吉川英治の4人の子のうち、英治の存命中に結婚したのは、曙美だけ。
孫をその手に抱くこともありませんでした。

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2006年7月 5日 (水)

Img_7337
ハンゲショウです。

名前の由来を検索してみると、夏至から11日目の「半夏生」の時期に花が咲くからという説と、花に近い葉が半分白くなるので「半化粧」とする説があるようです。

でも、写真のものだと「全化粧」という感じですね。

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2006年7月 4日 (火)

Img_7340
シラン(紫蘭)です。

もう花は終わりかけなのですが、比較的良い花が咲いていたので撮影しました。
実はここ数年、花に白い斑点のようなものが出来ることが多く、あまりきれいではなかったのです。
今年もほとんどそんな感じの花ばかりで、撮影するのはやめていたのですが、最後の最後になってましな花が咲きました。

来年は皆こうだといいのですが。

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