« 小倉の碑の下 | トップページ | 貧しさと貧乏 »

2006年8月 7日 (月)

巌流島怪談

吉川英治は、昨日触れた小倉の宮本武蔵顕彰碑を実際に訪ねています。
昭和12年1月17日のことです。

その同じ日、風師山という所から、関門海峡に浮かぶ巌流島を眺めています。
眺めただけで、上陸はしていません。

その巌流島をめぐる怪談めいた話を現地で聞き込み、それをやはり「随筆宮本武蔵」の『遺跡紀行』に書いています。

ひとつは、毎年、盆の16日の晩になると、巌流島にある佐々木巌流の墓から火の玉が飛び出し、また小倉の武蔵の碑からも火の玉が飛び出し、空中で斬り合って消える、という話。

そう、実はすぐ近くなんですよね、伊織が仕えた小倉と巌流島は。
そんな近くにあれば、火の玉くらい飛ぶでしょう。

もうひとつは大正頃の話として、巌流島に小さなドックが作られて人が住んでいた時期があったが、ドックがなくなって、番人夫婦だけが島に残った、すると、毎夜、誰もいないはずの島で誰かが追いつ追われつ駈け巡る足音がする、とうとう番人の老婆は狂い死にし、老爺は島を離れた、という話。

それが成仏しきれぬ佐々木巌流であろうというわけです。

場所柄、成仏しきれないのは平家の霊かもしれないとも思いますが、壇ノ浦の合戦は海上戦なので、足音は鳴らさないでしょうから、やはり小次郎なのでしょうかね。

いずれにせよ、あまり人が住むような所ではない気がしますね。

|

« 小倉の碑の下 | トップページ | 貧しさと貧乏 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 小倉の碑の下 | トップページ | 貧しさと貧乏 »