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2006年9月 1日 (金)

関東大震災

大正12年の今日、関東大震災が発生しました。

何度か書いているように、吉川英治はこれを経験しています。
この時のことを自筆年譜にこう書いています。

九月、関東大震災。社屋焼失。
新聞休刊、社業再起の見こみたたず、全社員一応解散ときまる。焦土の生計として上野の山に葭簀を持ち牛飯を売る。夜々、焦土流離の人々と樹下に眠り、あらゆる境遇と人間の心に会う。――この事より卒然と文学の業の意義深きを感じ、身辺すべての物を売って、十月中、北信濃の角間温泉へ籠る。

関東大震災に遭遇した菊池寛が、大きな衝撃を受け、芸術の無力を感じたという話は有名です。
同年9月6日付の薄田泣菫宛の書簡に、菊池寛はこう書いているそうです。

とにかく、今の東京ではただ喰うことと寝ることが尤も大切なことです。そして、こうした生活に対しては文芸などと云うものがいかに、無用であるかと云うことを感じます。

とても正直な感想だと思います。
災害の時には、それを乗り切るための技術と、最低限の衣食住以外のものは、無用のものに違いありません。

では、吉川英治が感じた「文学の業の意義深」さとは何なのでしょう。

非常事態の中では、確かに文学などは何の役にも立ちません。
しかし、最悪の時を過ぎ、生活を再建していこうとする時、その心に希望がなければ、途方にくれるばかりで、次の一歩を踏み出せません。
苦境にある人の心に希望の火を点すことができるもの、それが文学なのではないか。
日々の疲れを癒し、明日への希望をもたらすことこそ、文学の役割ではないか。

そういうことなのだと思います。

吉川英治は、この9月1日という日について、こう書いています。

忘れよといっても、僕には、忘れ得ない日である。折にふれ、事にふれて、僕は常住その日の回顧を心のいましめとしている。(略)
震災記念日は、僕個人にとれば、文筆生活の記念日だ。
(『草思堂随筆』所収「心の友」より)

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