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2006年9月21日 (木)

浅田次郎さん

さて、少し間が開きましたが、「吉川英治賞受賞作家と語るひととき」の浅田次郎さんの回の様子をご紹介します。

開口一番、「この中に親戚はいないでしょうね?」とおっしゃるので、何のことかと思ったら、実は浅田さんのお母さんの実家が、記念館からも程近い青梅市内の御岳山なのだとか。
御岳山の山上で宿坊をやっている神主の家系から出た人なのだそうです。
そのため、子供時代からよく御岳山には来ていたし、青梅市内には親戚がたくさんいるので、浅田さんにとって青梅は馴染みのある土地だったのです。

初めて知りました。

ちなみに、「あやしうらめしあなかなし」という作品に、その御岳山を舞台にした話が収録されているのですが、それは子供の頃に御岳山に住む親戚のおばさんから聞いた話を元にしているそうです。
もっとも、以前から御岳山に住む従兄弟から「御岳山のことを小説に書け」と言われていたそうですが、馴染みのある場所というのは、自分の場合小説にし難いということもあって、御岳山を舞台にした作品は今のところこれだけだそうですが。

さて、話は、吉川英治記念館という場所を意識して、浅田さんが読んだことがある吉川作品、「神州天馬侠」「宮本武蔵」「三国志」を取り上げて、作家の目から見ての吉川英治評といった感じのものが中心でした。

そんな中、印象に残ったのは、吉川英治文学新人賞受賞作の「地下鉄(メトロ)に乗って」の裏話。

作品を書くにあたって当時の東京の地下鉄について色々取材したが、ある時、東京で生まれ育った父親に、ふと話を向けてみたら、こんな話をしてくれた。

小学校を卒業すると、家計を支えるために職工となり、ようやく一人前に仕事を任されるようになったと思ったところに赤紙=召集令状が来た。
その頃、東京では地下鉄銀座線が既に開通していたのだが、その運賃は当時、東京を縦横に走っていた市電よりずっと高かった。
貧しかった自分は、だから、子供時代から一度も地下鉄に乗ったことがなかった。
赤紙が来た時、これでもう最後かもしれないから、地下鉄に乗ってやろう、と考えた。
いよいよ出征というその時、職場の同僚たちに見送られながら、生まれて初めて地下鉄に乗った。
ついに地下鉄に乗れたことがとても嬉しくて、「これで戦死しても、俺の人生の釣り合いは取れた」と思った。

その時、その場所に生きた人からしか聞くことの出来ない、良い話です。

この話を浅田さんは作品の中に取り入れました。

実は、浅田さんは、あまり父親との折り合いが良くなくて、しょっちゅう「バカヤロー」と罵り合っていたそうです。

その父親は、「地下鉄に乗って」が単行本になった頃、ガンに冒され入院していました。
病床の父親は、一読するや、「バカヤロー」と言って本を病室の壁に投げつけたそうです。

浅田さんはそれを妹から聞いたそうですが、自分では、この「バカヤロー」は江戸っ子の含羞からくるもので、親愛の情を込めた褒め言葉なのだと受け取っている、そう語られました。

そのことまで含めて、本当に良い話だと思いました。

いやあ、親の話は生きてるうちに聞いておかないといけませんね。

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