« 後片付け | トップページ | ガリレオ工房 »

2006年9月12日 (火)

宮部みゆきさん

諸々一段落着いたので、吉川英治賞40周年記念イベントの模様を順にご紹介していきたいと思います。

まずは8月26日の「吉川英治賞受賞作家と語るひととき」の宮部みゆきさんから。

話は、宮部みゆきさんと、講談社の担当編集者の掛け合いのような形で進みました。

宮部さんは早口でよくしゃべられる方でしたね。
私よりは年齢は上ですが、「おしゃべりな女の子」という感じ。
そう言えば、何度かお話したことのある杉本苑子さんと印象が近いかも。
どちらも小柄で短髪、ついでに独身だし(笑)

内容は、タイトルがタイトルなので、吉川英治文学新人賞の受賞作である「本所深川ふしぎ草紙」のことを中心に、作家デビューから受賞までの時期のことを話されました。
また、受賞作が時代物なので、時代物についての考えなども話の軸となりました。

途中で休憩を入れたとは言え、終了予定時刻を過ぎるほど話されたので、中身は盛りだくさん。
このスペースで紹介しきれるようなものでもないので、私の印象に残ったことだけかいつまんで書いてみます。

受賞作は時代物だが、それはデビューのきっかけとなった小説教室に通っていた時から書いていた。
そこで指導してくれた多岐川恭、南原幹雄からは、時代ミステリーという形でやるのなら、細かい時代考証など気にせずどんどん書けばよい、勉強はあとからでも出来ると後押しされた。
受賞作のテーマとなった「本所の七不思議」だが、これは実家近所の人形焼店の包装紙にそれがイラスト入りで刷られているのを見て思いついた。
デビュー当初、時代物と現代物の両方を書くということに対し、編集者から新人はどちらかに専念した方が良いと言われたり、自分でも悩んだりしていた。もし吉川英治文学新人賞をあの時点で受賞していなかったら、時代物を書くのはやめていたかもしれない。
現在は吉川英治文学新人賞の選考委員になっているが、自分が受賞した時の気持が今も身にしみているので、選考の際は、本当に真剣になるし、自分が押した作品が受賞すると、本当に嬉しい。
現代物は、ミステリーの場合、どうしても殺伐とした現実との関係を考えてしまうし、罪悪感を感じたりしてしまう。 その点、最近は時代物を書く方が楽しい。

出席した方からは、「なんだ、あまり面白くない所ばかり紹介してるじゃないか」と言われそうですが、賞と関わりのある人間としては、こういうところに興味を覚えたと言うことで。
面白い所は出席者の特権として各自の胸にしまって置いてください。

途中で、ある時期多くの作品を並行して書いていたという話になり、「自分はそれでも多くはない、大沢在昌さんなどは新聞2紙、週刊誌1誌、月刊誌3誌に同時に書いていたことがあって、私はそれを聞いて気分が悪くなった」なんていうことを話されました。
実は、会の終了後、宮部さんは記念館の展示をご覧になったのですが、その際に吉川英治がペンネームを変えて一つの雑誌に6編も書いていたことがあるという展示を見て、驚いておられました。
それどころか、月に10作品ぐらい書いていた時期もあるという話をしましたら、「それは無理」って感じの表情をなさいました。

このへんは主催者の特権ですね。

|

« 後片付け | トップページ | ガリレオ工房 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 後片付け | トップページ | ガリレオ工房 »