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2006年10月31日 (火)

個人情報

既に書いたように、いま開催している草思堂菊花展では、来館者の方に気に入った菊に投票してもらい、それによって順位を決め、1位になった花に投票した方の中から抽選で1名の方に記念品を差し上げることになっています。

当然、そのためには記念品の送り先となる名前と住所を投票用紙に書いていただかないといけないわけですが。

そのことで、来館者の方から「個人情報の管理はどうなっているのか」と質問されました。

「それはちゃんとしているつもりですが、もしご心配なら無記名でご投票ください」と申し上げたら、「開き直るな」と言われてしまいました。
どうも私の口のきき方がお気に召さなかったようです。申し訳ありませんでした。

でも、ちゃんと「投票は無記名でも構いません」と用紙に明記してあるんですから、それを「開き直り」と言われても。

ちなみに、お書きいただいた投票用紙は、必要な間はきちんと保管し、ちゃんと分からないように廃棄しています。
どのように、ということを書いてしまったら「保護」の意味がないので書きませんが。

さて、そういう個人情報への意識の高まりもあり、かつてはロビーに備え付けていた芳名帳を、最近は置くことをやめています。

しかし、以前は、たまに何かの都合で芳名帳を出していないと、そのことに対して不満を述べられる来館者の方が多かったような気がします。
そういうものに名を書いて帰らないと、そこに行った気がしない、何か足跡を残していきたい、という心理の方が、かつては強かったのかもしれません。

観光地に行って落書きして帰る不届き者と共通の心理、なんて言ったら怒られるでしょうか。

ところで、かつて、テレビ番組の取材で来訪した有名女性アナウンサーの方が、当時はまだ備え付けていた芳名帳に、自宅の住所を普通に書いていかれたのには、「いくらなんでも無防備過ぎるだろう」とちょっと驚きました。

即刻、そのページを取り外して、人目につかないようにしたのは、言うまでもありません。

過剰反応だったかもしれませんが、後になって、「吉川英治記念館で住所を知ったのでどんな家か見たかったんだ」なんてストーカーが現れたら、困りますから。

その女性アナウンサーは、ごく最近ご結婚なさいましたが、無事に結婚に至ったのは、こうして私が陰ながら守ってあげたおかげなんですよ。

そんなバカな(微笑)

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2006年10月29日 (日)

アートプログラム青梅2006開幕

本日から11月23日までアートプログラム青梅2006が開催されます。
既報のように、吉川英治記念館も会場の一つとなっています。

NPO法人アート農園の関係アーティスト18人の25作品を吉川英治記念館の展示館のロビーおよび特別展示室に、武蔵野美術大学の学生3人の3作品を旧吉川邸母屋に展示してあります。

文学の展示と美術の展示が混在する形で、混乱する方もいらっしゃるでしょうし、批判的な方もいらっしゃるでしょうが、文学と美術の双方を楽しんでいただければ幸いです。

なお、先日より始まった草思堂菊花展も並行して開催しておりますので、普段とは随分変わった姿になっています。

普段の情緒がお好みの方には、いささか「うるさい」かもしれませんが、違った魅力を感じていただければと思います。

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2006年10月28日 (土)

文学館協議会

昨日、仙台文学館で全国文学館協議会資料情報部会が開かれ、出席しました。

文学館協議会の部会というのがどういうものか、あまりイメージがわかないかもしれませんが、事例報告と質疑応答ということで、まあ、小規模な学会というところでしょうか。

全国文学館協議会には90弱の館あるいは団体が参加していますが、今回は31の館・団体の参加でした。

場所が東北のため、西日本からは参加しにくいという面はあったかもしれませんが、逆に、コンスタントに参加する館・団体が限られているということでもあります。

参加できないというのには、職員の数が少ない状態で活動しているので出張できない、という体制の問題や、出張旅費が出ない、という財政上の問題などが背景にある場合があるようです。

本来はそういう所こそ、こうした部会で話される情報を必要としているはずなのですが、それが出来ないというところが、全国の文学館が置かれている現状を表しているように思えます。

ちなみに、私は日帰りでした。
当初は宿泊する予定でしたが、今日、明日から開催するアートプログラム青梅2006の展示作業が入ってしまったため、日帰りにしてしまいました。

職員が少ないと、こういう時につらいんですよね。

なお、展示作業は、先程無事に終了しました。
昨年は、展示予定の作家さんが体調を崩したため、初日を一日遅らせましたが、今回は大丈夫です。

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2006年10月27日 (金)

アートプログラム青梅2006

そろそろこのキーワードで検索してくださる方が増えてきたので、ぼちぼちご紹介を。

アートプログラム青梅は、青梅・多摩川にゆかりのあるアーティストを中心としたアートイベントで、今年で4回目になります。

吉川英治記念館では、縁あって第2回から会場を提供しています。

今年のアートプログラム青梅2006のテーマは「緑化≪みどりか≫する感性 ―街道を読む―」。
詳しいことは、こちらをご覧いただくとして、今回、吉川英治記念館を会場として展示を行うのはNPO法人アート農園のアーティストの皆さん。
また、アート農園が武蔵野市民の森「自然体験館」(青梅市二俣尾)で行うワークショップの参加者が制作した作品も展示される予定です。

一方、旧吉川邸母屋において、内田あぐりさんの指導する武蔵野美術大学の学生3人による展示も行います。
吉川英治が生活した空間に美術作品が展示されるというのが、どういう効果をもたらすのか、やってみないと分からない部分がありますが、新しい試みとして来館者の方にも温かい目で見ていただければと思います。

こういう奇を衒ったようなことをやると、当然批判も出ると思いますが、「育つものが好きだ」と言い、若者を愛した吉川英治の精神からはずれたものではないと、私は考えています。

なお、会期は10月29日~11月23日。

明日28日に展示作業が行われますから、興味のある方は覗いてみては?
アート農園の方の作業は公開できるかは分かりませんが、学生の展示の方は見える場所で作業していますから。

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2006年10月26日 (木)

会期の延長

先日お伝えした講談社Kスクエアでの「吉川英治賞の40年」展ですが、会期が延長となりました。

最終日は11月19日とお伝えしていましたが、11月26日までと、1週間長くなりました。

大きな会場ではありませんが、先日書いたように、記念館では展示しなかった資料も展示してあります。

吉川英治文学新人賞受賞者で、9月に当館で講演もしてくださった浅田次郎さんの直筆原稿も展示されています。

なかなか見る機会のないものですから、ぜひお運びください。

東京メトロ有楽町線で池袋から2駅目、護国寺駅の真上です。

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2006年10月25日 (水)

菊花展の説明

昨年の菊花展の時に、菊の見方について説明した文章を、そのまま日付を変えて再度掲載します。

――☆――

草思堂菊花展では3部門に分けて来館者に投票していただくと書きましたが、専門の方以外にはその部門や見方がチンプンカンプンなのではないかと思いますので、少し説明しておきます。
と言っても、私自身も専門家ではないので、ボロが出ない程度に簡単に、ですが。

◎盆養の部

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これが盆養です。
三本立単鉢という大菊の最も基本的な仕立て方です。1本の苗を摘心して3本の枝を伸ばし、後の1輪を花の2/3位高く、前の2輪は同じ高さにし、3つの花を同時に同じ大きさに揃えて、出来るだけ巨大輪に咲かせ、茎・葉を含めた全体が調和を保つように育てます。3つの花を後の1輪から反時計回りに「天・地・人」と呼びます。天の花頂まで90cm以上、かつ天の花首までを165cm以下に仕立てます。


◎だるま・福助の部

daruma

hukusuke






だるま作り(左)は、三本仕立てで、本来ならば盆養と同じくらいにまで生長するところを、天の花首まで60cm以下に仕立てたものです。全体が丸っこくダルマのような形なのでこの名がつきました。
福助作り(右)は、花首まで40cm以内に仕立てる一本仕立てです。頭でっかちの姿が福助人形を連想させるので福助の名がつきました。なお、福助の写真のうち、左の2つの花は厚物、右の花びらの細い物は管物と呼ばれます。


◎懸崖・盆栽の部

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懸崖作りは、鉢植えにした菊を横向きにした針金に沿って育て、断崖の上より垂れ落ちるように仕立てたものです。開花期間が40~50日と長く、一株に約1000輪もの小花を咲かせます。

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2006年10月24日 (火)

草思堂菊花展が始まりました

本日10月24日から11月12日まで、草思堂庭園内で菊花展を開催します。

これは地元青梅の菊の会、青梅秋香会のご協力で開催するものです。

他の菊花展と違い、こちらでは、来館者の方の投票によって菊の順位を決め、草思堂賞・吉川英治記念館館長賞・紅梅苑賞を贈呈します。
それぞれの賞に選ばれた花に投票した方の中から1名の方(計3名)に記念品を差し上げます。

投票期間は11月7日までです。

今年は天候が悪く、菊を育てるのも大変だったそうです。
そのため昨年より出品数が減ってしまいましたが、それでも40鉢余りの菊が、庭内に飾られています。

ぜひご来館のうえ、ご投票下さい。

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2006年10月23日 (月)

吉川英治の主宰雑誌―その2

さて、昨日紹介した『衆文』を昭和9年10月に廃刊した後、新たに創刊したのが『青年太陽』です。

吉川英治はこの頃、安岡正篤の影響を受けて、農村を対象にした青年運動へと傾斜していきます。
そして、自ら会長となって≪日本青年文化協会≫を設立します。
その機関誌として創刊されたのが『青年太陽』なのです。
昭和10年1月号から12年5月号まで刊行されました。

『衆文』が大衆文学雑誌であったのに対し、こちらは時局色が強い、教化的な内容になっています。

協会の運営はなかなか厳しかったようで、『青年太陽』も昭和11年になるとページ数が一気に削減されてしまいます。
吉川英治は、全国の協会支部をめぐって、講演活動に力を入れますが、やがて協会そのものを解散し、昭和12年6月に≪心交協会≫へと改組します。
この時に、『青年太陽』も、タブロイド版の『週刊太陽』へと改められます。
『週刊太陽』昭和12年6月1日号を第1号とし、年内に第27号まで発行しましたが、そこで途切れています。

これも、総目次が「吉川英治 人と文学」(尾崎秀樹 昭和56年8月5日 新有堂)に掲載されています。

以上の3誌のうち、『青年太陽』については麗澤大学に全巻所蔵されていることが、Webcat Plusで確認できました。
日本近代文学館にも創刊号のみ所蔵があるようです。

しかし、他のものは確認できませんでした。

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2006年10月22日 (日)

吉川英治の主宰雑誌

昨日触れた吉川英治の主宰雑誌について、少し詳しく説明してみましょう。

『衆文』は、昭和8年8月号から9年10月号まで刊行されました。

昭和6年9月28日から昭和8年5月10日までにかけて、平凡社から「吉川英治全集」全18巻が刊行されました。
存命中、それも本格的な作家デビューからわずか8年目という時期に「全集」が出るというのもすごい話ですが、それはさておき。

この全集には毎号、20ページ近くもある分厚い月報が付録につけられました。
吉川英治は、この月報を読者との交流の場と捉え、随筆や小説をここに連載するほど力を注ぎました。

全集の刊行が終了した後、この≪読者との交流の場≫という役割を引き継がせるべく創刊されたのが、『衆文』です。

月報から雑誌へと格上げするにあたって、当時の大衆文壇の作家たちに執筆を依頼、そうそうたるメンバーが寄稿しています。
特にその刊行中に亡くなった佐々木味津三と直木三十五に対する追悼号は、文学史的価値も高いものです。

なお直木三十五追悼号については「直木三十五全集別巻」(平成3年7月6日 示人社)の中に復刻されています。

また、『衆文』の総目次が「吉川英治 人と文学」(尾崎秀樹 昭和56年8月5日 新有堂)に掲載されています。

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2006年10月21日 (土)

類縁機関名簿

都立中央図書館で編集している「類縁機関名簿」についてのデータ更新のための校正依頼の書類が届きました。

リンク先に記載があるように

公共図書館では、専門分野に関する資料を所蔵し、文献・情報提供サービスを行っている専門情報機関のうち、公開性のある機関を「類縁機関」と呼び、利用者の皆様へご案内しています。
このデータベースでは、都内および近県の約470機関をご紹介しています。

というものです。

この機会に、吉川英治記念館における所蔵資料の利用について、ご紹介しておきます。

基本的に吉川英治記念館には図書館機能はありません。
通常は、資料の閲覧は行っておりません。

ただ、研究目的で、当館でしか閲覧が不可能な資料については、事情を伺った上で、問題がないと判断した場合のみ、閲覧を許可する場合があります。
コピーを許可するかどうかは、資料の状態次第です。

過去の例からすると、吉川英治が個人的に主宰して発行していた雑誌『衆文』『青年太陽』『週刊太陽』に対する閲覧・コピーの依頼が中心です。

もっとも、これらの雑誌の存在があまり知られていないのか、吉川英治について研究しようという人が少ないのか(実際問題として本当に少ないのですが)、めったに依頼は無いのですが。

なお、閲覧は、当館職員の(というか私の)監督下でのみ許可しています。
したがって、私の都合にも左右されることになります。

非常に申し訳ないのですが、ご理解いただきたいと思います。

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2006年10月20日 (金)

小学生

今日は、地元の青梅市立第5小学校の4年生の生徒全員(約120名)が、吉川英治記念館の見学に来てくれました。
青梅市立第5小学校は、この吉川英治記念館のある場所も校区に含んでいる学校ですので、本当に地元です。

子供たちに、吉川英治について話すよう依頼されたので、20分ほど話をしました。

でも、これがなかなか難しい。

普段から、大人の来館者に対しては、解説をしたりしていますが、それと同じことを話したのでは、ちょっと子供たちには理解しにくい。
分かるように、いちいち用語の説明からやっていたのでは、話が長くなりすぎる。
あまり複雑な話をして、子供たちが飽きてしまったら、元も子もない。

要するに、子供たちがどのくらいの基礎知識があるのか、どういう話なら興味を持てるのか、そのあたりがつかめないと、ちょうど良い話を組み立てられないのだけれど、それがいまひとつ分からないので、何を話したらいいか、悩むのです。

昨日、半日かけて、ああでもない、こうでもないと思案しながら、話す内容の簡単な台本を作ってみました。
概ねその通り話してみましたが、どうも引率の先生方の顔からすると、ツボをはずしてしまっていたようです。

単に、先生方の期待した内容と違ったのかもしれませんが。

でも、こうやって地元の子供たちに、吉川英治記念館について知ってもらうことは、ありがたいことです。
今後も、こうした機会を持てればと思います。

しかし、先生ってのは大変ですね。
子供たちに20分話しただけで、私は疲れました。
別に、暴れる子供がいたりしたわけではなくて、ただ話しただけなんですがね。

こんなことが毎日の仕事だなんて、ほんと、尊敬しますよ。

ご苦労様です。

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2006年10月19日 (木)

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「ロビラキ」が咲いています。

庭園の手入れをしてくれている地元の方が、4~5年前に持ってきて植えてくれたものです。
まだ、丈が20cmにも満たない幼木ですが、今年は綺麗に花を咲かせました。

最初名前を聞いた時は、変な名だなと思いましたが、漢字にすれば「炉開き」となります。
茶道では、11月になると、夏の風炉から炉に切り換えます。
それを「炉開き」と言うそうですが、その時期に花を咲かせるので、この名が付いたようです。

持ってきてくれた方は、「ろびらき茶」と教えてくれましたが、厳密に言うと、これはユキツバキと茶の自然交配雑種なのだそうです。

3株植えてくれたのですが、これが一番元気です。
珍しいものらしいので、無事に大きく育ってくれれば、草思堂庭園の名物になれるでしょう。

そうなる日が楽しみです。

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2006年10月17日 (火)

展示作業

先日もお知らせした通り、明日18日から、講談社(東京都文京区音羽 東京メトロ有楽町線護国寺駅真上)の1階にあるK-スクエアで、「吉川英治賞の40年」展を開催します(~11月19日)。

その展示作業のため、昨日、休日出勤で講談社に行ってきました。

休みを返せ!

いや、展示作業というのは、私がやらなければならない仕事の中では好きな仕事に入るので、構わないのですが。

ただ、吉川英治記念館の中での展示作業は、自分一人でやることが多いので、今回のように業者を使って展示をさせるというのは、かえって気を使うので疲れます。
人に命令して何かさせるより、自分でやった方が面倒がないし、気が楽だ、という性格なもので、自分は手を出さずに指示だけするっていうのは、どうもダメなんですよね。

閑話休題。

吉川英治記念館内での展示では、10年前に「吉川英治賞30年展」をやっているという理由で、直近10年の受賞者の方だけにスポットを当てました。
しかし、それをそのまま持っていく形では不十分ということで、吉川英治記念館では展示しなかった30年目までの受賞者の方に関連する資料も展示しています。

吉川英治記念館のミュージアムグッズも販売しています。

入場も無料ですので、ぜひ足を運んでみてください。

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2006年10月14日 (土)

嫌な話2

まあ、嫌というのとは少し違いますが、「吉川英治って誰だっけ?」という会話が聞こえてくると、何となく苦笑してしまいます。

吉川英治記念館は、言ってみれば行楽地に立地していますから、吉川英治の文学が好きだから足を運ぶという人ばかりではありませんので、そういう声は少なからず聞こえてきます。
ですから、入館券売り場で、「吉川英治って何した人?」と聞かれることは、当館の場合、結構頻繁にあって、それは聞いてくれた方がありがたいとも思うくらいです。

とは言え、入館した後、ちょっと受付から離れたところで、「ねえねえ、吉川英治ってどういう人なの?」と、仲間同士でこそこそ言っているのを耳にすると、苦笑するしかないですよねえ。

もっとも、そういう方にこそご来館いただいて、吉川英治が何者であるか知っていただくというのも、当館の役割の一つです。
苦笑していてはいけません。

ただ、これは単なる感覚的な印象ですが、かつては「吉川英治って何した人か知らないけど、とりあえず入ってみよう」という人が多かったような気がするのですが、近年は「吉川英治なんか知らないから、入るのはやめよう」という傾向の方が強い気がします。

吉川英治のことを知らない人の好奇心をも刺激するような何かがなければいけないな、そう思いながらも、それがどういうものなのかわからず、模索している。

今はそんな状態です。

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2006年10月13日 (金)

嫌な話

館内にいると、いろんな来館者の方の言葉が聞こえてきたりします。

展示品を見て何かしら盛り上がっている人を見れば嬉しくなりますし、何か疑問を口にしている人などがいれば、こちらから声をかけたりすることもあります。

そんな中、耳にしたくない嫌な言葉もあります。

一番嫌なのは「入館料が高い」と言われること。

大人一人500円というのは、そんなに高いものでしょうかね。

ものの値段を高いと思うか安いと思うかは、その人の感じ方次第なので、文句は言えませんが。

ただ、そう言われると、とてもへこむので、聞こえる所で言うのはやめてもらえないでしょうか。

「いらっしゃいませ」
「入館料いくら?」
「お一人500円になります」
「えーっ、高いよ、まけてくれない?」

というのは、是非ご勘弁いただきたい。
入館する時にこうおっしゃる方は、本当に嫌になるほどいらっしゃるんですよ(苦笑)

ただ、帰る時に、「何だよ、こんなんで500円も取るのかよ」と言い捨てていった方はほとんどいらっしゃいません。

それがせめてもの救いです。

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2006年10月11日 (水)

名言

インターネット上に吉川英治の以下の言葉がたくさん引用されているけれども、この言葉はどこで読むことが出来るか、という質問をいただきました。

人間とは、一日中に、何百遍も、菩薩となり、悪魔となり、たえまなく変化している菩心悪心両面のあぶなっかしいものだ。

確かに検索すると、色々なサイトにこの言葉が取り上げられていますが、どれも出典を明示していません。
おそらく、元は一つで、あとはコピー&ペーストで引用しただけなのでしょう。

さて、こういう吉川英治の名言の出典に対する質問を受けることはよくあります。
すぐにピンと来る言葉ではない場合に、頼りになるのが、「人生のことば 吉川英治 真実と希望の書」(川端康成監修 1967年 番町書房)と「いのち楽しみ給え 吉川英治人生の言葉」(吉川英明編 2002年 講談社)という2冊の本。
いずれも吉川英治の名言集です。

まず質問された言葉が吉川英治のものであるかどうかの確認と、およその当たりをつけるのに、とても便利です。
便利ですが、出典は書名まで(後者は巻名まで)しか書かれていないので、結局探さないといけません。

で、上記の言葉ですが、「真実と希望の書」によれば「新・平家物語」に出てくるということです。

「新・平家物語」か……

文庫で16巻もあるんですよねぇ。
「わらの山から針を探すよう」という表現がありますが、まさにそんな感じ。

今朝から、他の業務の合い間を縫って斜め読みしていますが、全然見つかりません(泣)

うーん、弱りました(苦笑)

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2006年10月10日 (火)

展示替え

「吉川英治賞の40年」展は、昨日で会期を終了しました。

明日からは、第9回吉川英治記念館写真コンテスト入賞作品展を開催します(11月5日まで)。

そんなわけで、ただいま展示替え作業中。

なお、「吉川英治賞の40年」展は、講談社(東京都文京区音羽 東京メトロ有楽町線護国寺駅真上)の1階にあるK-スクエアに場所を移して、開催します(10月18日~11月19日)。
入場は無料です。

あのビートたけしフライデー襲撃事件や幸福の科学事件で有名な講談社の社屋の一画に入れますよ。

……ネタが古いですね。

てゆうか、それを売りにして良いのか(苦笑)

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2006年10月 9日 (月)

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ダイモンジソウ(大文字草)です。

私の実家は京都で、大文字焼きは何度も目にしていますが、それにちなんで名づけられた花……というのは真っ赤なうそです。

私は、これと似た形のユキノシタと、つい間違えてしまいます。

ユキノシタは春で、ダイモンジソウは秋。

覚えておかないと。

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2006年10月 8日 (日)

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オケラです。

オケラというと、地面を掘る虫を先に思い浮かべてしまいますが、それとは関係がなく、昔はウケラと呼ばれていたようです。

私は実家が京都なので、八坂神社のおけら詣りは大晦日の風物として何度も目にしています。
あのおけら火は、このオケラを燃やしたものなんですね。
実は、いま初めて知りました。

おけら火を火縄にとって、それをくるくる振り回しながら歩く姿は風情があって良いものです。
若い着物の女性だったりなんかするとなおさらですが、地元以外の人、特に観光客の方にはお勧めしません。

まず、あの火縄を持っていると、他の寺社には入場できない場合があります。
少なくとも清水寺には入れません。
何と言ってもあれは≪火≫ですからね。

同じ理由で鉄道やバスにも乗れません。

飲食店にも入れない場合があります。
多分、入れない方が多いんじゃないかな?

つまり、八坂神社でおけら火をもらったが最後、後はどこにも行けません。

大体あれは、その火種でかまどの火をつけて、その火で作った雑煮を食べて一年の無病息災を祈るというのが、本来の姿です。

興味本位でやるのなら、八坂神社の境内にいるうちにさっさと記念写真だけ撮って、すぐに火は消してしまうのが一番です。
持ち歩くのはご法度です。

もし大晦日に京都に行こうと思っている方がいらしたら、その点、ご注意ください。

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2006年10月 7日 (土)

不動産屋

全くの無駄話を。

吉川英治記念館の建つ土地は、運営する財団法人吉川英治国民文化振興会に寄贈される前は、当然ながら吉川家のものでした。
ですから、今年亡くなった吉川文子夫人の住所も、古い書類だと記念館の住所と同じになっています。
また、連絡先として記念館の電話番号を書いている場合もあります。

そんな訳で、この記念館の場所に吉川家が存在すると思って電話をかけてくる人がたまにいます。

で、そのたまにいる人というのが、たいてい不動産屋なんですね。
用件は、決まって、文子夫人が亡くなるまで住んでいたマンションについて、それを売らないか、という話。

昨日も、閉館後居残って仕事をしていると、そういう電話がかかってきました。

しかし、不動産の売買なんてのは、普通の人にとっては大きなことだし、そっちは売ってもらいたいという立場なわけでしょう?
上っ面だけでも丁寧な口調で、もう少し下手から話を切り出すもんじゃないのかね、こういう場合。
いきなりそんな横柄な切り口上で、相手が不動産を手放してくれると思うのかね、君は。
大体、「吉川文子さんですか」って何だ。
不動産を売ってもらおうというのに、その相手が生きてるか死んでるかも知らないのかよ。
リサーチ能力が低過ぎ。

おそらく、ろくに本も読まない人間なのでしょう。
「ここは吉川英治記念館で、吉川家の自宅ではない」と伝えても、全くピンときていないようでした。

お前、吉川英治が何者だか知らないんだろ?

さて、ここからが本題です。

こういう電話がかかってきても、当館から吉川家に取り次ぐことは一切ありません。
もちろん連絡先も教えません。
無駄なことなので、電話をかけてこないように。

同様に、吉川家宛の不動産屋のダイレクトメールも、よく記念館に届きますが、全て捨てるように指示されていますので、吉川家に届くことはありません。
無駄なことなので、DMを送らないように。

まあ、ろくに本も読まんような奴が、吉川英治記念館のブログにたどり着くはずもないので、この注意を目にすることは無いでしょうが。

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2006年10月 6日 (金)

写真コンテスト

今年の吉川英治記念館写真コンテストの上位入賞作品を、吉川英治記念館のサイトにアップしました。

同時に、来年の募集要項もアップしました。

ぜひご覧ください。

ところで、吉川英治記念館写真コンテストでは毎年いくつかのテーマを設定して写真を募集しています。

そのテーマは、吉川英治と何らかの結びつきのある単語を選ぶようにしていて、要項の冒頭には、その単語と吉川英治を結びつける短文を書くようにしています。

文学館で写真コンテストをやるからには、そういうものが無いと意味が無いですからね。

もっとも、情報誌に掲載を依頼すると、その部分は、ばっさりカットされてしまうので、他の写真コンテストとの差別化も、記念館と吉川英治をPRしたいというこちらの気持ちも、無になってしまうのですが。

で、来年の募集テーマなのですが、話し合いの結果、『愉しみ』『修行』『群』となりました。

……『群』?

あとの二つは吉川英治と結びつけることは簡単なのですが、『群』って言われても。

どうしようもなくて、結局、『群』を無視した文章になってしまいました。

どんな文章かは要項を見てください(苦笑)

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2006年10月 5日 (木)

怪我

今日、ふと展示室を見ると、人だかりができていました。

人が倒れたというので駆け寄って見てみると、熟年男性が真っ青な顔で床に座り込んでいます。

天気が悪かったので、床が滑って転倒されたのか、と思いましたが、そうではありませんでした。
持病で急に力が抜けて倒れてしまったのだそうです。
バタッと倒れたのではなく、へたり込んだので、特にどこかを強く打ったりもせず、持っておられた薬でまもなく回復なさったので、一安心。

そのまま、同行のお仲間と次の目的地に出発なさいました。

何事もなくて幸いでした。

少し前には、階段を踏み外して頭を打った方もいらっしゃいました。
この方も、出血はあったものの、幸い大事に至らず、やはり同行のお仲間とともに当館を離れられました。

正直なところ、このような場合に、どうしたらいいのか、いつも迷います。

骨折のような明らかな怪我や、意識を失ってしまったような場合ならば、即座に救急車を呼びますが、微妙な怪我だと、悩みます。

今この場で大丈夫でも、後で何かあるかもしれない、その時手遅れになったら申し訳ない、と思うのです。

当館は日本博物館協会が取りまとめている博物館保険に加入していますから、館内で怪我人が出ても保険がおります。
しかし、保険で経済的負担が避けられればそれでいいという問題ではありません。
何より、大事に至った時に保険で生き返るわけではありませんから。

最低限の救急用品は備えていますが、素人の手当てでは余計に事態を深刻化させるのではないかと、いつも不安を感じます。

言い方は悪いですが、さっさと救急車を呼んで専門家に委ねてしまうのが、こちらとしては安心です。

ただ、今まで館内での怪我などで救急車を呼ぶことになった例はほとんどありません。

日本人らしい遠慮もあるのだと思いますが、それだけでもないようです。

当館のある場所は観光地ですから、お客様には行楽の方が多くいらっしゃいます。
行楽の方は、たいてい一人ということはなく、お連れの方がいらっしゃいます。
そんな場合、特に団体の中の一員であったりすると、他の人に悪いから、という理由で、「大丈夫」と強調される方が多いように思います。
また、見知らぬ土地で知らない病院に担ぎ込まれるのを不安に思うということもあるでしょう。

そうやって、館内で何らかのアクシデントに遭ったけれど、そのまま皆と一緒に館を離れられた場合、ひとまず安心はしますが、少し心配が残ります。

本当にその後無事だったのか、それがきっかけで身体に障害を持つことになったりしていないか、まさか亡くなったりは……

今まで、「お前の所で酷い目にあった!!!」と怒鳴り込まれたこともありませんが、「何事もありませんでしたよ」とわざわざ連絡を下さる方も、まずいらっしゃいません。

まあ、便りが無いのは良い便り、と思っていますが。

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