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2006年10月23日 (月)

吉川英治の主宰雑誌―その2

さて、昨日紹介した『衆文』を昭和9年10月に廃刊した後、新たに創刊したのが『青年太陽』です。

吉川英治はこの頃、安岡正篤の影響を受けて、農村を対象にした青年運動へと傾斜していきます。
そして、自ら会長となって≪日本青年文化協会≫を設立します。
その機関誌として創刊されたのが『青年太陽』なのです。
昭和10年1月号から12年5月号まで刊行されました。

『衆文』が大衆文学雑誌であったのに対し、こちらは時局色が強い、教化的な内容になっています。

協会の運営はなかなか厳しかったようで、『青年太陽』も昭和11年になるとページ数が一気に削減されてしまいます。
吉川英治は、全国の協会支部をめぐって、講演活動に力を入れますが、やがて協会そのものを解散し、昭和12年6月に≪心交協会≫へと改組します。
この時に、『青年太陽』も、タブロイド版の『週刊太陽』へと改められます。
『週刊太陽』昭和12年6月1日号を第1号とし、年内に第27号まで発行しましたが、そこで途切れています。

これも、総目次が「吉川英治 人と文学」(尾崎秀樹 昭和56年8月5日 新有堂)に掲載されています。

以上の3誌のうち、『青年太陽』については麗澤大学に全巻所蔵されていることが、Webcat Plusで確認できました。
日本近代文学館にも創刊号のみ所蔵があるようです。

しかし、他のものは確認できませんでした。

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