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2006年11月 5日 (日)

幸福と文学

先日触れた「文化の日」という随筆に、こんな一節がありました。

(略)人間は明け暮れ幸福をさがしている。幸福とはなにか?わかってもいないで目でさがしている。じつはそれにぶつかっている人でも幸福は別にその当人へ何ら注意もしないから、風のようにさりげなく通ってしまう。幸福とはそんなもので、今が幸福であることを心で噛みしめない者にはただの日常のことでしかないのである。

幸福とは平凡な日常の中にある、その平凡さこそが幸福である、そうした意味のことは、家族にも繰り返し語っていたそうです。
これはそれを文章にしたものと言えるでしょう。

面白いのは、その少し後。

だが文学作品の中では幸福の幻影をこんな単純にはしていない。作中の人間像がそれぞれ特殊な境遇や性格を持つからである。したがってそれら主人公が対象とする幸福にはむずかしい幸福の核分子が実験され、「幸福とは何か」の問題を読者に提供しているわけだ。そういう科学的思惟を幸福というものにそそいでみるのも、人生を深く観ることではいいことにちがいない。けれどそのことが直ちに現実の自分の幸福を充たすことであるかのように思ったら大きな誤算を生むであろう。

文学の描く「幸福」は思考実験であり、それを実人生と混同してはならない、実人生での「幸福」はもっと単純なものだ、ということでしょうか。

吉川英治の考える「文学」と「人生」の距離感がうかがえます。

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