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2006年11月 3日 (金)

文化の日

今日は文化の日ですが、吉川英治に「文化の日」という随筆があります。
昭和35年11月3日の『中部日本新聞』など地方紙に掲載されたものです。

戦後復興の波に乗って爛熟の度を増していく都市文化と、その恩恵にあずかれずにいる地方文化の格差を是正し、健全な文化発展に導かねばならないということを書いた文章です。

こうした主張は、戦前、日本青年文化協会という農村青年を教化することを目的とした団体を主宰していた頃から主張していることでもあります。
吉川英治がいま記念館のある青梅市(当時は吉野村)に移住した理由も、一つにはそうした考えに基づき、自ら地方に身を置こうとしたということがあったと思われます。

さて、いま現在の日本においても、大都市圏と地方の格差というのは大きいままです。
そうしてみると、結局、明治維新はその負の面として地方を疲弊させ、以来100年以上、誰もそれを解消できずにいるということなのかもしれません。

それはそれとして、文中にこんな一節がありました。

ところが、できることでもこのごろはやりたがらないクセがぼくらの社会にはいってしまった。たとえば、文化の日とか元日の朝ぐらいは家々の前はキレイに掃くという習慣をやりあってみたらどうか。全市スガスガしい朝を見るだけでもお互いの心が和むと思うが、休日の街ときたらまるで紙クズだらけが寒々としている廃墟の観だ。ある休日の朝早く所用があって銀座裏から商店街をあるいたとき、私はまったく都市人の不精さとよく口にする平和だの文化観などにどれほど本気なのやらと疑った。

耳が痛いと同時に、何だ、俺の親や祖父の世代だって、結局大して変らんではないか、という感慨も持ってしまいます。

だがまだ文化国家と誇るには文化の日を幾十秋も重ねなければ、文化万歳と呼べそうにないことは選挙演説会の会場をのぞいただけでもすぐわかる。

と、吉川英治が書いてから半世紀近く。
いまも、この嘆きは通用しそうです。

世の中というのは、変っているようで、芯の部分はあまり変っていないのだな、と感じてしまいます。

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