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2006年11月17日 (金)

上野図書館

作家以前の吉川英治の、その後の読書の様子について、こんな記述があります。

とある日の午下り、私はヨシズ張りの牛飯屋に入った。
年の頃三十歳くらいの、やせがたで、人品いやしからぬ主人は、どう見ても商売人ではなくインテリらしかった。(略)話しているうちに、この主人が驚くべき博識であることがわかった。上野図書館の本を読破しようとしたが三分の一ぐらいしか読めなかったこと、印刷のこと、カンカン虫の話など淡々と話してくれた。(略)
(吉川英治全集月報29所収『一期一会』紀脩一郎)

これは、筆者が大学生の頃、関東大震災直後の東京・上野で奉仕活動をした時の思い出話で、この牛飯屋の主人こそ、吉川英治その人です。
何度か書いているように、関東大震災の時、吉川英治は勤務していた東京毎夕新聞社が発行不能になったため、新聞記者に見切りをつけて上野公園で牛飯屋の屋台を開いて糊口をしのいだのでした。

上野図書館というのは、現在の国立国会図書館の前身の一つ、帝国図書館のことです。
明治5年に書籍館として東京・湯島で開館、明治18年に上野に移転、以後、上野図書館と通称されるようになったそうです。
明治39年に現在まで継続する建物が新たに建築されています(昭和4年増築)。
戦後、国立国会図書館が成立すると、昭和24年からはその支部となり、平成12年には改装されて国際子ども図書館となっています。

吉川英治が東京に上京したのは明治43年の末ですから、吉川英治が通った上野図書館は今のものと同じ建物ということになります。

当時の上野図書館の蔵書数ですが、国立国会図書館のサイト内に、「明治39(1906)年末現在の蔵書数は約47万冊」という記述がありました。
また、昭和24年に国立図書館支部となった時点では約100万冊であったとも。
吉川英治が上野図書館の本を読破しようと考えたのが正確にはいつ頃かわかりませんが、少なくとも50万冊ぐらいは本があったことになります。
その三分の一なら、およそ16万冊。

明治44年の上京から震災までがざっと12年間。
毎日およそ37冊の本を読まないと、その数には達しません。

……ちょっと眉唾だなぁ。

しかし、東京に出てきてからいくらか安定してきたとは言え、決して豊かではない生活の中でも、むさぼるような読書が続いていたことは確かなのでしょう。
小学校中退の学歴しかない吉川英治には、この濫読が作家としての大きなバックボーンになったことは間違いありません。

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