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2006年12月19日 (火)

村山常雄さん

先週金曜日、村山常雄さんがご来館下さいました。
『シベリア抑留中死亡者データベース』の作成・公開により、今年、吉川英治文化賞を受賞なさった方です。

以下、村山さんとの会話の中から、印象に残ったことを。

村山さん自身がシベリア抑留経験者ですが、その端緒となった徴兵による軍隊への入営は昭和20年5月のこと。
つまり、軍隊経験は4ヶ月足らず。
それに対して抑留からの帰国が昭和24年ということで、軍隊経験より抑留経験の方が長いことになります。
村山さんによると、本来の徴兵年齢は21歳。
大正15年生まれの村山さんは、その時は20歳だったので、そのままなら徴兵にかからずに終戦になったはずが、戦争末期になって兵員不足を補うために徴兵が1年繰り上げになったため、召集されてしまったのだそうです。
志願兵は別として、徴兵で軍隊に行った者としては、一番最後の世代になるそうです。
その村山さんが今年80歳ですから、本当に戦争は遠くなったという感じがします。

実は村山さんが招集されたのは、満洲国のハルピンにおいてだったそうです。
日本内地よりハルピンで就職する方が初任給が高かったので、家族を支えるためにも少しでも給料の良いところにということで、ハルピンに行ったのだそうです。
内地に就職して、内地で召集だったら、シベリア抑留の憂き目には遭わなかったのかもしれません。
また、曲がりなりにも海外在住の人間を、その場で招集できてしまうというところに、満洲国の≪傀儡国家≫ぶりが見えるようです。

ハルピンと聞いて、個人的な興味からハルピン神社について聞いてみました。
特別に何か記憶に残っていることはないが、召集の際の集合場所がハルピン神社だったということでした。

ちなみに、私は「ハルピン神社には洋館の社務所がありませんでしたか?」と聞いたのですが、これは私の記憶違いで、撫順神社のことでした。
失礼しました。

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