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2006年12月 6日 (水)

多磨霊園探訪 その2

Hunabashi
次に、その少し西にある舟橋聖一の墓所を訪ねます。

舟橋聖一は、作家の中では吉川英治にとって競馬仲間と言っていいでしょう。
馬を預けていた厩舎も同じでした。
東京競馬場で撮られた菊池寛・舟橋聖一・吉川英治の3人が並んだ写真が現存しています。
生前、吉川文子夫人にうかがったところによると、舟橋聖一の持ち馬の「マンゲツ」号は、吉川英治が所有する「ミカヅキ」号に対して付けられた名なのだそうです。

さらに西に進むと江戸川乱歩の墓所があります。

Ranpo_1
乱歩は本名が平井太郎なので、「平井家之墓」となっていますが、わかりやすいように「江戸川乱歩墓所」と刻まれた石柱も立てられています。
乱歩は吉川英治より2歳年下の同世代で、作家活動の時期も大体同じくらい、作家デビューまでにいろいろな色を転々としていることも似ています。
作品ジャンルは異なりますが、同じ大衆文壇を担う者として交流がありました。
ちなみに、先程の舟橋聖一の競馬に対して、こちらは2人が将棋を指している写真が残っています。

少し北に転じた所に横光利一の墓所があります。

Yokomitsu
こちらも作品ジャンルは異なりますが、菊池寛を通じての交流があったようです。
文藝春秋社による「文春講演会」の際に旅先で撮られた写真に、3人に佐佐木茂索を加えた4人で写っているものが残っています。

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