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2006年12月16日 (土)

前線の忠臣蔵

昨日、「新編忠臣蔵」が二度にわたって「くろがね叢書」に再録されたことを、「単に吉良邸への討入の時期にあわせて、忠臣蔵を大きく取り上げただけのようです」と書きました。

これはもちろん、連載ではなく単発で取り上げていることをさして言ったものです。

前線の将兵に読ませるために編集された出版物に忠臣蔵を取り上げることには、それなりの意図はあったはずです。

第24輯の目次にある佐次たかしの漫画ですが、実はタイトルは「一億憤激米英撃摧 大東亜戦争忠臣蔵」となっています。
角書きの「一億憤激米英撃摧」には「やむにやまれぬきちくせいばつ」というルビが振られています。
もちろん、米英を吉良に、日本を浅野に譬えている漫画です。

これが象徴するように、自らの正当性を主張し、将兵に「忠臣たれ」と求めているのでしょう。

吉川英治の「新編忠臣蔵」は、既に書いたように、「くろがね叢書」のために書いたものではなく、再録ですから、その執筆意図はまたそれとは別だと思いますが、しかし、そのように読めてしまう部分もなくはありません。

例えば、「くろがね叢書」にも収録されている、作品の最後の一文はこんなものです。

無事に。――内蔵助にとっては、実に無事に――死を永遠の生として逝った好い日であったと云える。

なんとも複雑な気分になる一文です。

「新編忠臣蔵」は、昭和11年の初版を含めて、12度単行本化されてます。
その全てにこの一文は含まれていますが、昭和25年の比良書房版(戦後の最初の版)以降、この後にもう一文が追加されています。

またそれは、時の悪法にたいする、人間の正しい人間提示であった。

この一文が加わることで、上記の文の意味が限定的になるような感じが、私にはします。

解釈は分かれるところでしょうが。

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