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2006年12月 5日 (火)

多磨霊園探訪 その1

12月4日、急に思い立って多磨霊園に足を運びました。

もちろん、今年亡くなった吉川文子名誉館長が吉川英治とともに眠る墓所にお参りするためです。
また、それと同時に、多磨霊園には多くの著名人の墓所があり、吉川英治とゆかりのある人物も少なくないことから、そうした人々の墓所を訪ねることも目的でした。

多磨霊園への行き方はいくつかありますが、今回はJR中央線武蔵境駅から西武多摩川線に乗り換え、多磨駅で降りるという方法をとりました。
ちなみに、この多磨駅は2001年の改称までは「多磨墓地前駅」というそのまんまの駅名だったそうです。

駅から多磨霊園の正門までは歩いて10分ほど。
正門を入ると、管理事務所を訪ねました。
ここで霊園内の案内図をもらえると聞いたことがあったからですが、確かに、入口を入った所に著名人の墓所の場所を記した案内図が置かれていました。
コピーを繰り返したものと見えて、かなり文字が潰れてわかりにくいのですが、何とか読めないこともありません。
これを頼りに霊園内をまわってみます。

吉川英治の墓所は、正門からまっすぐ北に進む大きな通りを突き当たった辺りにあるのですが、そこは主要な墓所をまわった後で訪ねることにしました。

まずは正門のすぐ西側の区域に川合玉堂の墓所があると知り、そこに向かいます。
ご承知の通り、吉川英治と川合玉堂は戦前から交流があり、戦時中から戦後の時期、同じ青梅の旧吉野村に住み、頻繁に行き来しあった仲です。
Gyokudo

中央の「川合玉堂之墓」の右にある新しい「川合家」のお墓には、今年亡くなった川合玉堂直系の孫で、玉堂美術館館長であった川合三男さんもお入りのはずです。
青梅ミュージアム協議会の一員として何度もお目にかかってはいましたが、あんなに早くお亡くなりにならなければ、もう少しお話を色々伺えただろうにと、残念でなりません。

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