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2007年1月21日 (日)

老いと顔

一昨日、吉川英治が「年をとるにつれていい顔になってゆきたいと希っています」と書いていることに触れました。

「霜庭春語」という随筆では、「よい老人のよい顔というものは美人よりもむしろ印象的である」と言って、何人か例を挙げています。

高橋是清。
河合卯之助。
鈴木茂三郎。
川合玉堂。
横山大観。
前田青邨。
正宗白鳥。
永井荷風。
谷崎潤一郎。
佐藤春夫。
室生犀星。
長谷川如是閑。

また、例示する直前の文章では志賀直哉にも触れています。

ただし、良さのポイントはそれぞれに違うようで、いろんなコメントがついています。

実は路地を挟んだ隣家に住んでいた高橋是清については、孫を連れた姿を「慈愛にみちたいい顔」といい、2・26事件に触れて、「あんないい顔を短銃で撃った人の気がしれない」と書きます。

交友のあった河合卯之助については「ろくろを懸け、酒をのみ、ろくろを懸け酒をのみ、あんな顔が出来たのだろう」と書き、鈴木茂三郎は「政治家にしてはきりょうが好すぎる」と評しています。

川合玉堂は「あの画趣と平和な歳月をそのまま人としたような顔」。
横山大観は「苦渋がある」。
前田青邨は「まっ白な髪がおかしいほど童色をたたえている」。
正宗白鳥は「古怪な気味があって石みたいだ」。

荷風以下の人々については、「文壇にはまことに古怪が多い」と書いた上で列挙しています。

写真でしか顔を知らない人たちばかりですが、玉堂・大観などは、なるほどという感じがします。

しかし、「石みたい」って(苦笑)

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