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2007年2月19日 (月)

尾鷲節

昨日の質問者の方から、もうひとつ質問がありました。

尾鷲節の歌詞の中に吉川英治作詞と伝わるものがあるが、何かその確証となるものはあるか。

というものです。

尾鷲節というのは、吉川英治がこの時の「新・平家」取材旅行の際に宿泊した三重県尾鷲市で、主に花柳界に伝わった民謡です。
冒頭は

尾鷲良いとこ朝日を受けて浦で五丈の網を引く

で、この七・七・七・五を一単位とした歌詞が、いくつか連なっていくもののようです。
そのため、歌詞は何パターンかあるということだそうです。

ここを見ると、そんな歌詞のひとつが掲載されていますが、

矢ノ川(やのこ)越ゆれば尾鷲が見える 見えるゆうべの宿の娘が

という一節が、「吉川英治作」と明記されています。

さて、その裏付けはあるだろうか、というご質問なわけですが、残念ながら、これが見当りません。

しかし、この取材旅行について書いた随筆などを見る限り、吉川英治は、確かに尾鷲の五丈館という旅館に宿泊し、そこで当時の町長が歌う尾鷲節を聞き、翌日、矢ノ川峠から尾鷲を見下ろしています。
したがって、歌詞の情景とは一致します。

もっとも、歌詞からすると、五丈館は「ゆうべの宿」になりますから、五丈館で町長の尾鷲節を聞いて、その場で「先生も何か歌詞を書かれませんか?」と請われて、この歌詞を考えついたとは思えません。

ただ、昨日も書いたように、吉川英治一行は尾鷲から車で矢ノ川峠を越えて熊野まで移動しているのですが、その車に五丈館の主人が同乗して道案内しています。
その車中、あるいは矢ノ川峠の茶屋あたりで、五丈館の主人に請われて、この歌詞をひねり出したかもしれません。

ということで、確証はありませんが、可能性はなくもありません。

これも全国にある吉川英治伝説のひとつかもしれませんが、そんな訳で、言い伝え通りにしておいて、問題はないでしょう。

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