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2007年2月18日 (日)

涸れがてよ

吉川英治の句に

茶売り女の乳も涸れがてよ冬の山

というものがあります。

昭和25年、吉川英治は連載中の「新・平家物語」の取材旅行で、紀伊半島に出かけます。
その際、尾鷲から矢の川峠を越えて熊野まで自動車で移動しました。

矢の川峠には茶屋があり、一行はそこで休憩します。
店を守っていたのは乳飲み子を連れた女性。
話を聞くと、以前は横浜に住んでいたが戦災に遭い、その後、夫も失ったため郷里の尾鷲に戻ってきた、身内に病人もいて、働かざるを得ないのだが、子連れではこんな仕事しか出来ない、とのこと。

その境遇に心打たれた吉川英治が色紙に書き、この女性に贈ったのが、上の句です。

さて、この句の「涸れがてよ」とはどういう意味か、との問い合わせをいただきました。

改まって問われると、確かに変わった表現です。

あれこれ辞書を調べたりして、導き出したのが、こんな解釈です。

古語に『かつ』という動詞の連用形につく補助動詞があります。
この語自体の意味は「・・・できる」「・・・にたえる」で、文献上は未然形と終止形しか確認できず、通常は打消しを伴って用いられる語だそうです。
活用はタ行下二段活用と推定されます。
これが後に、『がつ』と濁るようになり、「難(かた)」と混同されるようになった、と手元の古語辞典にあります。

ということは、この語を命令形に活用させると、『がてよ』になります。
「難」はつまり『がたし』で、「・・・することが難しい」「・・・しにくい」という意味です。
これと混同されると言うことは、「涸れがてよ」とは、「涸れにくくあれ」ということになるのではないか。

つまり、「峠の茶屋で茶を売る母の乳が涸れることのないように」ということなのではないか。

質問者の方には、こうお答えし、とりあえずご納得いただきました。

しかし、この解釈の難点は、上記のように、文献上では「がてよ」という命令形は見られない、という点です。

五・七・五にまとめるために、無理やり造語したのか、それとも解釈の誤りか。

どう思われますか?

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