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2007年3月 2日 (金)

直木三十五記念館

先日の文章に、直木三十五記念館事務局長という方からコメントがつきました。

吉川英治記念館は、ある意味トップダウン的に出来上がった施設です。
公的支援を一切受けていない民間の施設とは言いながら、講談社の強いバックアップがあって成り立っています。

直木三十五記念館は、そのサイトによると、民間の有志によってボトムアップで生まれた記念館のようです。
馬籠の藤村記念館などもそうした形で生まれた文学館ですね。

しかし、直木三十五の記念館を成り立たせるための資料収集は、なかなか難しいのではないでしょうか。

直木は昭和9年没ですが、戦前の出版界では、そういう作家の資料を大事にしようというような風潮はなかったでしょうし、直木の直系の子孫は早くに亡くなってしまってこの世にいらっしゃいませんので、資料は散逸してしまっているでしょうから。

吉川英治の資料は吉川家で多くが保管されていましたが、それでも戦前のものは欠落がたくさんあります。
例えば朝日新聞紙上に1000回以上連載された「宮本武蔵」でも、当館で所蔵している原稿は2回分だけ。
朝日新聞大阪本社にあと3回分ほどあるらしいのですが、残りの1000回余りの分はどこにあるのやら。

それはそれとして。

せっかくなので、当館で所蔵している直木三十五の資料をご紹介しておきましょう。
と言っても、差出日不明の書簡が1点あるだけなのですが。

これは、吉川英治に対して、君の「本町紅屋お紺」という小説を映画化させてくれ、と依頼しているものです。

実は、この小説は、『講談倶楽部』昭和7年1月号に第1回が掲載されたものの、ある事情から、そのまま中絶してしまった作品なのです。
当然、映画化出来ようはずもなく、この話は成立しませんでした。

両者の関係からすると、もっとあってもよさそうなものですが、これだけです。
残念なことです。

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