« 吉川英治記念館開館30周年記念謝恩抽選会 | トップページ | 抽選会初日 »

2007年3月14日 (水)

障子の向こう側

先日の文章について、質問者の方がご自身のサイトで触れておられます。

私はブログ用に大雑把に、なおかつ吉川英治を主体に構成し直して書いてしまったので、そちらもお読みいただくとより詳しい事情が分かります。

しかし、確かに「立場の違いというのは避けられない」ものです。

私は、立場上、吉川英治を中心に置いて、その生きた時代や状況を見ているわけですが、別の人間をそこに置けば、当然、見えるものは変ってきます。

大正時代の吉川英治(当時はまだその名ではありませんが)を考える際、吉川英治が文壇・論壇・画壇への人脈を広げていく上で影響のあった人物と言えば、第一に川柳の師であった井上剣花坊の名が挙がります。
それに次ぐのは、東京毎夕新聞への入社を勧めた矢野錦浪でしょうか。
そして、吉川英治の交友関係となると、互いに親友と許しあった川上三太郎の名がまず出てきます。

吉川英治を通してみると、この3人ぐらいの名は、すぐに出てくるわけですが、言われてみれば、剣花坊あたりはまだしも、確かに川上三太郎は「マイナーな存在」です。
したがって、永代静雄を通してみれば、吉川英治との間をつなぐ存在として、川上三太郎がイメージされ難いのは当たり前といえば当たり前のこと。

そして、逆に、永代静雄・岡田美知代に関心を払ってこなかった私には、2人に対して「蒲団」のモデルという以上の知識はなく、随分いい加減な書き方をしてしまいました。

うーん、浅学をごまかすほどの文章力が、まだ私にはないようですね(苦笑)

|

« 吉川英治記念館開館30周年記念謝恩抽選会 | トップページ | 抽選会初日 »

コメント

拙サイトの記事に対して、コメントいただき有難うございます。
永代静雄と吉川英治の話は、過去ログとして以下のページに移動しました。
http://www.eonet.ne.jp/~shousei/alice/diary07_1.html

投稿: 大西小生 | 2007年3月25日 (日) 21時07分

大西様
ご連絡ありがとうございます。
リンクは付け替えました。

少しでも多くの方の目に触れて、なにがしかの情報がもたらされることを期待しています。

投稿: 片岡元雄 | 2007年3月27日 (火) 11時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 吉川英治記念館開館30周年記念謝恩抽選会 | トップページ | 抽選会初日 »