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2007年3月21日 (水)

輝ける文士たち

という写真集を書店で見かけたので購入しました。

著者は樋口進。掲載されている写真の撮影者も同じです。
文藝春秋から今年の2月25日に刊行されています。

吉川英治の写った写真も7枚収録されています。

いますが、若干の事実誤認がありますので、ここで訂正しておきます。

「一家団欒」というコーナーに『吉川英治一家』という写真がありますが、その説明にこうあります。

昭和32年、当時、青梅の吉野村にあった自宅で新春を祝った。

吉川英治は、昭和28年8月に吉野村から都内品川区北品川の御殿山に転居していますから、昭和32年ではありえません。
同じ写真は当館では所蔵していませんが、他の写真と比較してみると、昭和27年と思われます。

もう1枚、「小説を作る部屋」というコーナーに紹介されている吉川英治書斎の写真がありますが、そこにはこう書かれています。

吉川さんは、何ごとも一部屋ですむよう、赤坂の家の洋間を改造して書斎にしておられた。(略)(撮影 昭和32年)

まず、吉川英治の戦後の転居歴をみるとこうなります。

昭和19年3月~28年8月 吉野村(現青梅市)
昭和28年8月~32年5月 品川区北品川
昭和32年5月~33年6月 渋谷区松涛
昭和33年6月~37年9月 港区赤坂(死亡時まで)

つまり、赤坂に住んだのは昭和33年6月以降のことで、昭和32年には赤坂にはいません。
また、その赤坂の家は、吉川英治自身が設計に注文をつけて建てた家で、書斎は初めから和室でした。

写真は実際には渋谷区松涛の家でのものです。
撮影は昭和32年で間違いないと思います。

ただ、この書斎は約1年しか使用していません。
しかもその半分は「新・平家物語」脱稿から「私本太平記」起稿までの執筆休止期間中にあたります。
あまり吉川英治の書斎として代表的な場所とは言えません。

貴重な写真には違いありませんが。

以上、細かいことですが、念のため。

070327追記

お恥ずかしい。
写真の書斎は、松涛ではなく北品川の時のものでした。
この北品川の家は、全体が洋館で、したがって書斎も洋室でした。

ただ、やはりそれが気に入らなかったのか、当時所有していた熱海と軽井沢の別荘に頻繁に出かけて、そこで執筆することが多かったようです。

なお、写真に写っている文机、筆筒、座布団は、いま記念館で復元している書斎に置いているものです。

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