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2007年3月 9日 (金)

蒲団と障子

興味深い問い合わせがありました。

私小説の代表として文学史に必ず登場する作品に田山花袋の「蒲団」があります。
作家と女弟子とその恋人の関係を描いたこの作品は、実際の田山花袋自身の女弟子とその恋人との関係をモデルにしています。
その女弟子が岡田美知代、その恋人が永代静雄です。
2人は仲を裂かれたり、結婚したり、離婚したり、よりを戻したりという関係でしたが、最終的には破局しています。

さて、問い合わせとは、つまるところこういうものでした。

晩年の岡田美知代が、「吉川英治に障子貼りをしてもらったことがある」と述懐しているが、永代静雄・岡田美知代夫妻と吉川英治との間には、どのようなつながりがあったのだろうか?

吉川英治が永代夫妻の家の障子貼りをしたという話は初耳です。
しかし、事実ならちょっと面白い話です。

質問者の方とのメールのやり取りの中で、永代夫妻と英治の間の距離は、決して遠くはない、ということが分かりました。

英治は作家となる直前、東京毎夕新聞に勤務していましたが、永代も東京毎夕新聞に勤務していたことがあります。

また、英治の出世作「鳴門秘帖」も担当した編集者で歌人でもあった安成二郎は、永代と同居していた時代もあったほど親しくしていました。

ですから、永代・岡田の二人と、英治は知己であった可能性は高いのですが、明確な証拠が見出せません。

特に≪障子貼り≫の件に関しては、謎です。

英治が障子貼りをしたとすれば、作家デビューより前の、おそらくは東京毎夕新聞時代の話でしょう。

しかし、実は、英治と永代の在社時期は重ならないのです。
ただ、英治の親友の川柳家・川上三太郎が、英治より前に東京毎夕新聞社に勤務しており、数ヶ月ですが永代と同僚だったことがあるので、そこに糸があるかもしれません。
それ以外にも社内に永代の知己はいたでしょうから、仲を取り持つ人物は存在したでしょうが、確証がありません。

2人と安成との関係ははっきりしていますが、本人の文章によると、英治との出会いは大正15年秋との事で、既に英治が作家となった後のことになります。
それに、安成は永代と英治の関係については、特に書き残してはいません。

結局、永代夫妻と英治の繋がりについては、状況証拠はあるけれど、物証がない、というところまでしか、たどり着けませんでした。

面白い話なので、ちょっと残念です。

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