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2007年4月18日 (水)

髪の毛

毎月18日は「頭髪の日」だそうです。

「十(とう)=頭」「八(はち)⇒髪(はつ)」というダジャレなんでしょうね、きっと。

さて、吉川英治は、70歳で亡くなるまで、白髪もなく、黒髪がフサフサしていたそうです。

君はまだ髪が黒いじゃないか、とよく人から怪しまれる年齢になってきた。(略)たぶん人類のつきあいを知らん奴だということなんだろうと思う。小島政二郎、浜本浩など、ひとの顔を見るたび、麻のごとき頭髪を撫して、やたらにひがむので、ぼくは今年あたりはぜひ四、五本でも白くなって欲しいと念じているが、今のところ初霜ほどな白さも見えない。困ったものである。(「折々の記」所収『霜庭春語』より)

と書いたのが還暦の時。
最近では還暦を年寄り扱いすると怒られますが、うらやましい人は、今でも少なくないでしょう。

うらやましいと言えば、人によってはうらやましいを通り越して怒り出しそうな文章も残しています。

吉川英治は散髪が嫌いだったということが前提の、散髪について書いた文章なのですが。

僕と同じ理髪所へ来る江戸川乱歩は毛が少なくてうらやましい。あの髪なら十分間くらいだろうと訊くと、矢張り一時間近くはかかるそうだ。(「草思堂随筆」所収『不用毛髪』より)

江戸川乱歩の顔をご存知なら、爆笑ものでしょう。
それに随筆のタイトル自体がねぇ(苦笑)

ちなみに、続けて、色んな人物の散髪に対する態度を書いていて、それも興味深い随筆です。

三上於菟吉も地質の悪いカヤ原のように少ない組だがこれは自宅へ理髪師を呼んで退屈を娯しむ策をとっているらしい。菊池寛は、十分間と制限しておいて、時間が過ぎると刈りかけでも怒って帰ってしまう。そうかと思うと松竹の大谷竹次郎などは、毎朝理髪所へ寄ってからでなければ出社しない習慣だというから、そうなれば趣味でもあろうし、侍がびんを乱さないのと同じたしなみでもある。

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