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2007年5月15日 (火)

福田蘭童

今日は福田蘭童の誕生日だそうです(1905)。

福田蘭童は、夭折の天才画家・青木繁の息子であり、元クレージーキャッツの石橋エータローの父として知られる尺八奏者・作曲家です。

作曲家としてはラジオドラマ『笛吹童子』や『紅孔雀』が有名ですが、昭和36年12月からラジオ関東(現ラジオ日本)で放送された徳川夢声の朗読『宮本武蔵』(もちろん吉川英治原作)の音楽を担当したのも福田蘭童です。

きっかけは判然としませんが、昭和10年代から吉川英治とは親交があり、よく吉川家に出入りしていました。

こんなエピソードが残っています。

昭和17年のこと。
英治の長男・英明の五月の節句に、それを祝うオカシラがないと英治が蘭童にぼやきました。
前年から生鮮魚介類の配給統制が始まっていたので、よい魚が手に入らなかったようです。
釣り好きで、その方面の著書ももっている蘭童が、じゃあ僕が釣って来ましょうと請け負いました。
蘭童は湯河原にある自宅に戻ると、船を手配して、熱海の沖合いで見事なタイを釣り上げます。
節句の日、それを吉川邸に持参しました。
実に三貫目もある大きなタイで、さばいたところ40人分の刺身が取れたといいます。

これは福田蘭童が吉川英治全集月報に書いた文章を元にしていますが、そこに掲載された写真には、その時のタイの魚拓(あまり大物だったので、記念に魚拓を取った)を背にした蘭童の姿が写っています。

福田蘭童によると、その夜、少し普段より酒が過ぎた英治が、魚拓の余白に

神代今 人に見劣る桜哉

と筆を入れたそうです。
写真でもその文字が確認できます。

戦争は苛烈となり、軍人が桜の花のように散っていったころのことである。

と、蘭童は書いています。

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