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2007年5月24日 (木)

ゴルフ場

今日は、日本で最初のゴルフ場が出来た日(1903年 神戸ゴルフ倶楽部)で、それを記念して「ゴルフ場の日」ということになっているそうです。

ゴルフ場と言えば、吉川英治が理事として設立に関わったゴルフ場があります。

千葉県野田市にある紫カントリークラブです。

オープン当時からある≪すみれコース≫のクラブハウスには、吉川英治が書いた「紫コースの発足を祝して」という文章の原稿が額装されて飾られているそうです。

ここにその文章の一部が、「紫カントリー「紫」の由来」として掲載されています。
どこにも吉川英治が書いたという明記が無いのが気に入りませんが、ご参照下さい。

吉川英治は紫カントリークラブの≪命名者≫ということになっていますが、上の文章を読むと、発案者というわけではないことがわかります。

手元にある紫カントリークラブの会報(19号 1971年)によると、当時の社長と吉川英治が相談して決めたと、その当の社長が発言していますので、社長の側から提示したいくつかの案の中から吉川英治がこれを選んだということなのでしょう。

ちなみに、≪紫≫には二重の意味があって、一つは吉川英治の文章にあるようにかつて武蔵野に広く見られたムラサキグサと、所在地である野田が醤油で有名なこと(醤油は『むらさき』とも呼びます)をかけています。

ところで、上のリンク先で(中略)とされてしまっている部分に、こんな一節があります。

日本のゴルフはまだ若い。オールド・ゴルファーにしてもみなお若い。かつまたその上紫コースに立つならばいよいよ夢多からんとも言えようか。
ともあれ、ゴルフも日本の土の上でこうなって来たからには、真似や追従ばかりでなく、何かにつけぜひ独自なものへとしてお互い作り上げてゆきたいものだ。それも実社会から浮きあがった浮薄な風潮でなしに、清楚で健全な生活のうちのものとして育てたい。

残念ながら、その後の日本におけるゴルフの位置付けは、この吉川英治の願いとは、随分違ったものになってしまっているような気がします。

なお、紫カントリークラブの開場は昭和36年4月16日。
吉川英治がゴルフをすることが出来たのは、この年の夏頃までで、翌年9月7日には世を去りますから、紫カントリークラブでプレー出来たのは、ほんの数回だったようです。

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