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2007年5月12日 (土)

我以外皆吾師?

この写真をよく見て下さい。

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これは吉川英治記念館のロビーに展示されている肖像画です。
吉川英治の晩年の作品で挿絵を担当した杉本健吉の作品です。
昭和52年3月の当記念館の開館にあわせ、このロビーに展示するために製作された作品です。

吉川英治の背後に軸がかかっていますが、そこには

我以外皆吾師

とあります。

開館を約半年後に控えた昭和51年9月7日に記念館展示室の建物の竣工式と落成披露パーティーが行われます。
その時点でこの肖像画は既にロビーに展示されていました。
ところが、その直後に杉本画伯から、絵を直したいと申し入れがありました。

それは、9月7日の時点では「我以外皆師」となっていたものを、「我以外皆師」に改めたい、というものでした。

申し入れ通りに絵を直したので、現在、「我以外皆吾師」になっているわけですが、正直なところ、私には、何故そこにこだわられたのか、よく分かりません。

というのも、昨日書いたように、吉川英治は「我以外皆我師」とも「吾以外皆吾師」とも書いているのですが、「我以外皆吾師」という風に「我」と「吾」を混ぜたものを、私は見たことがないのです。

私は、もちろんこの時点では記念館に関与していませんでしたし(小学生ですから)、杉本画伯の存命中にも、ついに聞きそびれてしまいました。

ちなみに、この絵には、もう一つ秘密があります。

当初の構想では、吉川英治と文子夫人の並んだ肖像画にするつもりで、実際に絵を描き始めたものの、途中で吉川英治一人の肖像画に構想を改めたのです。

吉川英治の肖像画でありながら、その吉川英治が妙に左に寄っていて、右側に余白があるのは、その名残だということです。

そのあたりを念頭に置いてこの絵を見ていただくと、また印象が変るのではないでしょうか。

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